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私の伯父もそこにいる 

 そういえば、亡き祖父の家にはセピア色に古ぼけた白黒の、軍服を着た若い男性の写真が飾ってあった。

 私の母方には、複数の伯父・伯母がいるが、母とはかなり年の離れた年長組の伯父のうち二人が出征していたという。 一番上の伯父は、大陸に行っていたと聞いた。伯父の子達、つまりはいとこ達とは年齢はかなり離れていながらも仲がいいのだが、伯父本人とはあまり交流が無く人柄を把握しているとは言い難い。とはいえ、漏れ伝わってくるあんな事やこんな事(?)から判断するに、出征中の大陸で志を高く以て群集心理に流されることなく行動した、、、、とは判断しがたいように思える。恐らくは他の大部分の兵隊さん達と同じく、「普通の人」としての諸々をやっていたのだろうな、とは、今にして思うのだが、伯父自身が幼い甥や姪に大陸での「武勇伝」を語っていた記憶はない。

 そして、二番目の伯父は南方で戦死した、と聞かされている。祖父の家にまつってあった軍服の青年の写真は、二番目の伯父の姿だという。亡くなった地はサイパンと聞いたかレイテと聞いたか、記憶が定かではない。機会があったら、母に確認してみようかとは思うが。まさか、そのずっと後に、こういった方面に関心を向けるとは、祖父の家で写真を見かけた時には考えてなかったというか。

 こういった方面のブログを見るようになって、あの戦争に関する情報を色々と知るようになって、初めて、伯父はもしかしたら餓死していたのかもしれない、と思い当たった時には、何とも言えない気分になった。母すらも人柄を語ることのできない縁薄い伯父ではあるが、思わず瞑目した。


 というような事を改めて思いだしたのは、伯父も「英霊」としてあの神社にまつられているのだと、私自身が「英霊」の親族であったのだと、妙に新鮮に思い当たったからだ。あの、コスプレイヤー達が集結した、怒号の飛び交う神社に。

 きっかけはどうあれ、伯父のことを思い出させてくれてありがとう、という気にはあまりなれない。静かにしたらどうなんだ。
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[ 2010/08/16 23:37 ] 自爆史観 | TB(0) | CM(0)

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