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慰安所管理軍属の新証言;韓国紙にて報道 

 23日付の朝鮮日報や、ファイナンストゥデイ민중의소리 では、アメリカはニュージャージー州のパリサイドパーク(Palisades Park)市で、現地時刻の20日、「日本軍『慰安婦』は第二次世界大戦当時の日本政府が組織的に犯した人類と全女性に対する人権侵害行為であり、このような残酷なことが人類史上で再び起こらないよう記憶するために」、アジア以外では初となる日本軍「慰安婦」記念碑を建てるために、市の図書館前敷地を提供する決議案(Resolution 0C7)が通過したと報じている。

 という情報をストックしておくエントリを単独で立てておこうと思ったら、23日以降の韓国紙が一斉に「慰安婦」問題に関連した別の一件も報じていた。この件、重要度が高いと思うのだが、なぜか例によって日本紙は報じていない。日本語サイトでも、その韓国紙報道を受けた嫌韓サイトばかりがとりあげているという、なんだかなぁ状態。この一件、日本での出来事なのに。


ハンキョレ新聞 2010-04-23 오후 02:18:09
일제때 일 군무원, 위안소 출입증 공개(日帝時の軍務員、慰安所出入証を公開)」
ハンキョレ新聞 2010-04-25 오후 02:16:35
“일본군, 성 착취 뒤 위안부 결국 죽였을 것” 일제말 트럭군도 근무자 “위안부, 하루 10시간 15명 상대”(「日本軍は、性の搾取後に慰安婦を見殺し」 日本帝国トラック軍勤務者「慰安婦、一日10時間勤務で15人相手」)」*
マイデイリー 2010-04-23 20:34:13
[단독입수] 구 일본군 위안소 출입증[JP]([単独入手]旧日本軍の慰安所出入証[JP]」
マイデイリー 2010-04-24 12:10:58
"위안부들은 결국 속아서 온 거야" 참회록(1부)[JP](『慰安婦達は、結局欺されて来た』懺悔録第一部[JP]」*
マイデイリー 2010-04-24 12:16:24
"군 부대가 위안소를 직접 관리했다" 참회록(2부)[JP](『軍の部隊が慰安所を直接管理した』懺悔録第二部[JP]」*



 先日、千葉県我孫子市が「慰安婦」問題解決を求める意見書を採択した。その採択に向けての活動を行っていたのが我孫子平和ネットという団体と聞くが、その会員である松原勝氏(85歳)は、1942年から44年まで、南太平洋トラック群島で、第4艦隊施設部隊の軍属であったという。その松原氏が、先の「教科書に日本軍『慰安婦』の存在を記載することの要求」を盛り込んだ意見書採択(は3月で、その後の4月11日に 『日本を護る市民の会 千風の会』なる団体による「売春婦に媚びへつらう反日極左を許さないぞ!」なる街宣があったのだが)をきっかけに告白を決心して、4月21日に我孫子市某所にてJPNewsの単独インタビューに応じ、当時の慰安所への出入証等も公開されたのだという。

 1943年11月に発給を受けたというその出入証は、上記の韓国紙では大抵画像が公開されていたが、*印をつけた記事は魚拓を撮ってそちらにリンクしておいたので、元記事が消えても参照できるだろう。出入証は横5.8cm縦10.8cmの大きさで、表面右に南国寮出入証、真ん中に名前と年齢(当時22歳!)、左に萩原部隊[職員]と記載されている。裏側には注意として「他人に融通すべからず」「紛失乃拾得の際は直に本部庶務主任へ届出べし」「紛失したる時は再発行せず」「退職異動その他の理由により不要となりたるときは直に返却すべし」とはっきり読み取れる。

 南国寮というのは、当時トラック群島の夏島にあった慰安所の一つで、60人あまり(44年からは増員されて70人ほど)の「慰安婦」がいたという。松原氏は、42年に夏島の慰安所を管理する第4艦隊施設大隊の軍属となったとのことで、夏島には南国寮(海軍用)と南星寮(陸軍用)があり、両方あわせて120人あまりの18~25才程度と若い「慰安婦」、その約9割は朝鮮からの女性、1割ほどに日本女性がいたという。そして、周辺の春島や秋島に駐留する戦闘部隊からも、夏島の慰安所に、兵士や軍属が訪れていたといい、戦闘態勢や重要な訓練のある日以外は閑散としていることはまずなく、「慰安婦」らは一人が一日14-5人も相手をしなければならなかったという。

 マイデイリーは、「懺悔録」として2部に分けて、1時間10分あまりという、インタビューを詳細に報じていた。以下、インタビューで注目した箇所を抜き書き。

Q、夏島の慰安所は誰が管理しましたか?
A、夏島は第4海軍艦隊の兵站補給基地でした。私の配属は、第4艦隊施設部隊でした。第4艦隊施設部隊というのは、第4艦隊に所属した部隊です。第4艦隊司令長官は小林マサシ海軍中将でした。そして、私が配属受けた施設部隊が、慰安所を管理しました。
(略)

Q、施設部隊は慰安所管理だけをしたのですか?
A、いいえ。我々は、慰安所も管理しましたが、本国から送られた囚人も管理しました。およそ700人程度の彼らは主に雑役をしました。その他には、当時の朝鮮からも多数の若い男性が来てました。(中略)とにかく、慰安所、慰安婦、囚人などは全部、私が所属していた施設部隊が管理しました。
(中略、出入証の話になる)

Q、昭和18年に発給を受けたのですね。
A、はい。西暦なら1943年に発給を受けました。発給日が出入証の側に書かれているでしょう。

Q、1943年なら、太平洋戦争当時ですね。
A、そうです。戦時状態でしたよ。翌年、ですから44年2月17日と18日の二日間でアメリカ軍の大空襲を受けました。そして、夏島はほとんど壊滅しました。もちろん、慰安所も空襲被害を受けました。
(略)

Q、慰安所は何時から何時まで利用できたんですか?
A、営業時間は、基本的に12時から22時まででした。22時に、ひとまず営業は終わります。ただし、一般兵士は18時までの利用です。帰隊しての仕事があるので。その他、下士官や将校、軍属は22時まで利用でき、また一泊するのも許されていました。

Q、慰安所は毎日運営されたのですか?
A、はい。毎日です。

Q、公休日はなかったんですか?
A、はい。そうしたことはなかったのですが、月に一度ずつ性病検診があり、この時だけ慰安婦達は営外にでることが許されました。海軍病院で検査を受けるからです。2キロ離れていたのでトラックなら直ぐなのですが、徒歩での移動でした。どうせ逃げることはできないのだから、ゆっくり歩きながら外の空気を吸ったりといった様子でした。

Q、逃げることができないとは?
A、四方が海の島だからです。
(略)

Q、松原さんは、その彼女らを管理する立場ですね。
A、そうです。しかし、それが役に立っていたのかは解りません。私に心を開いて、涙を見せた人もいました。家族と離れていることがとても悲しい、でも返りたくても帰れないという話を多く聞きました。

Q、帰りたくても帰れないとは?
A、それは、彼女たちがどうして慰安所に来たのかを先にご説明しなければ。慰安婦達はみんな、欺されて来ました。募集広告には「慰安婦募集」という言葉がありませんでした。

Q、では募集広告にはどのような言葉が?
A、普通は高級将校のメイド募集とか、病院事務求むとか言った内容です。ですから、結局、慰安婦らは欺されてくるのです。その上、月給が30円、宿泊料も食事代も不要ということでみんな応募してくるので。

Q、月30円とは、今の価値でどれぐらい?
A、よく解りませんが、その当時の初任給、ですから中卒で就職した場合で月給45円でしたから。
(略)

Q、家族から離れて悲しいといった他には。どのような話を彼女らから聞きました?
A、それよりももっと大きな問題は、いったんそこにやってくれば終わりということでした。欺されて、南太平洋まで来たら帰る可能性はほとんど無くはないですか? 四方は海で。…結局、彼女らは希望が消えてしまうんです。(略)私でも、まして慰安婦達がどうやって自力で帰れます? 絶望的です。また、軍は彼女たちを送り返しません、絶対に。

Q、それはなぜ?
A、彼女らが帰れば、嘘がばれるからです。故郷で話しますよね。募集広告が嘘だったって。欺されてはいけないって。だから帰しません。


 その他、松原氏は、軍は作戦地域に慰安所をつくり、作戦が終わった場合には慰安所も慰安婦もそのままにしていくと証言していた。

 また、慰安所は軍の管理であったが、慰安所経営は民間業者であり、1-2円程度であった料金は「慰安婦」らに直接渡す訳ではなく、料金所で支払ったそうである。なので、その料金が「慰安婦」らに渡ったかどうかは知らないといった証言がなされていた。
 また、慰安所営業時間中は、慰安婦らに休憩時間があった様子はなかったそうであり、一方、軍人らには外出時に無条件でコンドームが支給されていたともいう。夏島の慰安所に来る軍人/軍属は約3-4万人ほどであり、慰安婦らは120人ほどであったとも。

 44年の夏島大空襲の後、幸いにも空襲による破壊は免れたという慰安所ではあったが、他がすべて廃墟となったため、慰安婦らは芋を栽培したり魚を捕まえたりの自給自足生活を行っていたというが、松原氏自身、空襲直後に本国に帰ったため、後に聞いた話とのことである。一応、44年7月のサイパン陥落後に「本国に送り返した」という噂はあったそうだが、詳細はわからないようだった。


4/28 22:30、Apemanさんにご教授いただいて、韓国語報道タイトルを除き、軍勤務の非兵士を表す表現を「軍属」と訂正。 
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ユーザータグ:  日本軍性奴隷制問題
[ 2010/04/25 20:31 ] 自爆史観 | TB(0) | CM(0)

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