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日中歴史共同研究第4回全体会合終了、その後 

 このブログでも取り上げたことがあったはずと思って探すと、なんと約1年前の2008/01/06だったのだが「日中歴史共同研究」なる活動が政府主導で行われていた。その2008年1月のエントリでは「日中歴史共同研究(概要)」や会合の概要などの外務省内のコンテンツへのリンクも貼っている。

 この日中歴史共同研究は、2006年10月に安倍晋三首相(当時)と胡錦濤国家主席の日中首脳会談で合意したもので同年12月に開始したのだそうだ。「古代・中近世史」「近現代史」の2分科会を設置して討議してきており、とりあえずの最終となる第4回全体会合が2009年12月24日に開かれて1ヶ月以内に報告書を公表するといった内容が、23日頃から一斉に各マスコミが報じていた。

 その報道タイトルが、
日中、来年も歴史研究継続へ 南京事件など隔たり」日経ネット(23日 07:00付)
歴史共同研究を継続へ=日中、南京事件など隔たり」時事ドットコム(2009/12/24-21:34付)
日中の歴史共同研究、隔たり埋まらず」TBS News‎(‎2009年12月24日付、リンク切れ)
「戦争理解に困難ある」日中歴史研究委が総論公表』(2009年12月24日22時15分 読売新聞)
とあり、
あらかじめ、19日付のMSN産経で『日中歴史共同研究、24日発表 「近現代史」は見送りか』なんてみていたものだから、私は最初、日中戦争を含めた報告が公表できないのかと勘違いしてしまったのだが、

1945年の日本敗戦以降の「戦後史」については、中国側の要請で公表を見送る。

 会合後、日本側座長の北岡伸一東大教授と中国側座長の歩平・社会科学院近代史研究所長が記者会見し、研究の概要などを説明。歩氏は戦後史の公表見送りについて「(中国)一般民衆の影響を考慮しなければならない」と説明。北岡氏も「中国側が慎重な対応を要請し、日本側が受け入れた」と述べた。

 中国政府がタブー視する89年の天安門事件などの歴史評価で見解が分かれたとみられる。


 ということで、見送りの焦点は南京事件ではなかったようだ。ちなみに、どういう訳か19日の後には日中歴史共同研究がらみの報道をしていない産経は、同じ事をこう報じていた。

 特に、民主化運動を武力鎮圧した天安門事件や、中国側が「愛国主義教育」と称して“反日教育”を行っているなどの部分は、中国側が強く反発し削除を求め続けたため、近現代史の発表は難しい状態となっている。




 南京事件に関しては、

焦点となっている37年の南京大虐殺では、北岡氏が「虐殺があったということについては一致した。基本的な責任が日本側にあった点も認めている」と表明。ただ、犠牲者数などの争点をめぐる隔たりは大きく、歩氏が会見で「(犠牲者数は)20万~30万人」と主張したのに対し、北岡氏が「史料の信ぴょう性を問う必要がある」と反論する場面もあった。


との報道もあり、

 南京事件については両論併記で報告書に記述される。両国は「虐殺(行為)があり、日本側に責任がある」(北岡氏)との認識で一致したが、歴史的背景や原因、被害者数については今後の検討課題とした。関係者によると、中国側が従来の公式見解の「犠牲者30万人」にこだわったが、日本側が「数万人から20万人」などと主張、溝は埋まらなかったという。


といった報道だった。日本のマスコミが「隔たり」や「溝は埋まらなかった」を連呼しているのが印象的でありつつ、一方では中国のマスコミが

 中国側主席委員を務める中国社会科学院近代史研究所の歩平・所長によると、日本側学者は研究成果の中で、日本の軍国主義による中国に対する侵略が中国人民に甚大な傷害をもたらしたことを明確に承認し、戦争中に旧日本軍のさまざまな不法行為で多くの中国の一般市民が犠牲になり、戦争の深い傷跡が、戦後新たな中日関係を構築する上で障害となったことを認めたとした。


と、そっちを強調しているようではあった。とはいえ、この報道によると『日本が中国に対して発動した戦争が侵略戦争であったかについて議論が及んだ際、日本側学者は侵略の定義とはなにかというところから討論を開始』なんてくだりもあって、思わずこめかみを押さえてしまったが。

 ちなみに、「外務省: 歴史問題Q&A」によると、

Q.8 「南京大虐殺」に対して、日本政府はどのように考えていますか。

1. 日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。
2. しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。(後略)

 中国側がリップサービスしてくれた気配があっても、何かが前進したわけではなかったりする。


 しかし、それすらも面白くない人たちがいるようだ。
29日付で、日中歴史共同研究委員会の日本側座長である北岡氏に抗議の公開書簡を送った人がいるという情報を見かけた。
かの、「史実を世界に発信する会」事務局長、茂木弘道氏である。以下、強調は引用者による。

抗議の書簡
 このほど貴殿が日中歴史共同委員会日本側座長を務める共同研究の最終報告の内容が明らかにされました。
 日中戦争全般にわたり、疑問だらけの内容であると考えるものですが、今回は「南京事件」に絞ってその問題点を述べ、かような研究報告を出すことにした日本側委員、その代表である貴殿に対し厳重な抗議を行う次第です。
 「南京で大規模な虐殺があり、日本側にその責任がる」と貴殿らは認めたということですが、いったいどのような学問的な根拠があって、そのようなことが言えるのか、貴殿の学者としての良心を疑う者です。確かに、東京裁判でそのように断定され、また現在の日本の歴史学界の主流もそのような見解であります。
しかしその後南京事件についての研究は急速に進み、今やそのような俗説は全く成り立ちえなくなっていることを貴殿はご存じないのですか。
 一つの決定的な資料と言うべきものが、平成15年に東中野教授によって台北の国民党党史館で発見されました。極秘印の押された『中央宣伝部国際宣伝処工作概要 1938年~1941年』です。内部向けの極秘資料ですから、宣伝目的の歪曲はほとんどないと考えられます。そこには、国際宣伝処が、南京戦を挟む約1年間(1937年12月1日~38年10月24日)の間に漢口において、外国人記者を招いて300回の記者会見を開いたことが書かれています。参加記者は平均50名であったことも記されています。
ところが日本非難のためのこの記者会見において、ただの一度も南京で市民虐殺があっただとか、捕虜の殺害があっただとかが発表されていないのです。
さらにこの文書には南京での日本軍の暴行・略奪などの悪行批判は書かれているものの虐殺とは全く書いてないのです。
 これが決め手ではありますが、他にもそれを裏付ける資料が確認されています。
(大幅に中略)
 すなわち、歴史認識にかかわる重大問題について、古色蒼然たる学会の「誤った」通説をうのみにして、日本側の見解を出すなどということは、学者としての良心にもとる行為ではありませんか。最新の資料と研究成果を十分に取り入れた見解を出すのが、国を代表する学者としての務めではないかと考えますが、如何でしょうか。
 今回のこの報告書作成について、厳重な抗議と何らかの善後処置を要求するものです。
 私の個人的な書簡でありますが、内容は貴殿の個人的なことに関するものではありませんので、公開させていただくつもりですのでご承知おきください。

 まだやってると乾いた笑いが浮かんでくるのだが。。。

 「現在の」学界主流見解と述べながら「その後」とは、未来の話なのだろうか(^^;
日本政府の公式見解通りなんだが(^^;;;
んで、「決定的資料」を見つけた人物が、東中野先生なのだそうな。かの、東京地裁から『解釈は妥当なものとは言えず、学問研究の成果に値しない』と認定されちゃった、東中野先生の(^^;;;;;
『最新の資料と研究成果』ってなんだろう?
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[ 2010/01/05 17:43 ] 自爆史観 | TB(0) | CM(0)

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