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放送倫理・番組向上機構の放送倫理検証委員会がNHK番組「問われる戦時性暴力」改編問題における意見公表 

 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が、NHKの女性法廷に関する番組改編への政治圧力に関する意見をそろそろ公表するらしいとの報道が出ていたのは知っていたが、それが28日に出た。いち早く報道したのがMSN産経と共同(47ニュース経由)。

 共同の2009/04/28 16:29付「NHK改編問題、自主自律に疑念 BPOが指摘」では、「公共放送の自主・自律を危うくし、視聴者に疑念を抱かせた」「強い違和感がある」「(改編は)幹部が、番組の質よりも安全を優先することを選んだ」との見解があったとし、『国会対策部門と放送・制作部門の明確な任務分担などを求めた』とまとめている。

 MSN産経 2009.4.28 16:57では、

 (略)「番組制作の幹部が放送前に政治家らと面談し、前後して改編された一連の行為は、NHKの自主自律を危うくし、重大な疑念を抱かせる」とする意見を発表した。

 ただ、川端委員長は会見で「自主自律をゆがめる改編を外部の圧力で行ったと認定したわけではない」とした。
(中略)
 同番組の放送前日、NHK放送総局長らが安倍晋三内閣官房副長官(当時)を訪ね、その前後に修正が繰り返された。こうした経緯について委員会は「何人もの政治家からこの番組のことを話題にされ、有力政治家から公平、公正にと念を押される中で、番組の質より安全を優先することを選んだ」と指摘した。



 …ほんとーに、こんな風にまとめられる意見が公表されたのか?
と、思わず疑うようになった今日この頃。この二つの報道を確認した時点で、意見書本体を探しに行った。

 便利な時代になったもので、すぐに行き着いた。

放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会はこちらで、「NHK教育テレビ『ETV2001シリーズ戦争をどう裁くか』第2回「問われる戦時性暴力」に関する意見を通知・公表」はこちら。意見書はここのリンク先にPDFでアップされていた。

 意見書を一読して、なんか報告書とか意見書とかというより、妙に読みやすい、柔らかい目の文章という印象を受けた。まぁ、これは内容に関係ないけど、29ページばかりあるが、読みやすくて面白い。目次の見出しを引用してみると、

I はじめに ーー放送の自主・自律のために
1.放送と政治との距離の重要性
2.審議の狙いと方法
3.本意見書の構成
4.NHKの回答書にある「疑義と公平性」

II 第2回「問われる戦時性暴力」の放送とその波紋
1.BRC委員会決定と最高裁判決
2.制作当事者の証言とNHK公式見解

III 法律と倫理 ーー委員会はなぜ、いま、この番組を審議するか
1.放送倫理の観点
2.政治と放送の観点

だいたい、この辺りまでが前置き。何故今頃か、こんな前の出来事に対して意見書が?との、当然出てくるであろう疑問に対しては、これが今現在にも充分起こりえる問題(後述)であることが一つ。そして、裁判関係にケリが付くまではNHKが対応せず(できず、と表現すべきか)、BPOも検証ができなかったと表明している。

 意見書は、その後、番組の概要を紹介し、そこから読み取れる企画趣旨を示す。

IV 番組の概要 ーー企画趣旨は何か、何を描こうとしたか
1.各回の番組概要
第1回「人道に対する罪」
第2回「問われる戦時性暴力」
第3回「いまも続く戦時性暴力」
第4回「和解は可能か」
2.シリーズ全体の企画趣旨

この辺、普通に興味深い。たとえば、

第3回「いまも続く戦時性暴力」01年1月31日放送
00年12月、第2回で扱った女性法廷につづいて、国際公聴会「現代の紛争下の女性に対する犯罪」が開催され、世界各地の女性たちがみずからが被った拷問と強姦の体験を語った。これらの残虐行為を人道に対する罪としてとらえる動きは、90年代のドイツにおいて、第2次大戦中の強制収容所内で行われたユダヤ人女性へのレイプが暴かれたことに始まる。

中部アフリカのブルンジから参加した女性は、政府軍と反政府軍の双方の兵士にレイプされ、その上、エイズに感染させられ、生きる気力を失った心境を語った。ソマリアの女性は国連平和維持軍兵士にレイプされた体験を証言する予定だったが、公聴会の朝にかかってきた国際電話によって沈黙を強いられた。政府軍兵士によって繰り返し拷問とレイプの被害を受けたグアテマラの女性は、絶望から立ち直っていくために、敬意を持って被害者の体験を受け止めてくれる家族と他者がいてくれることの大切さを語った。

紛争や戦争のなかで、なぜこのような犯罪が繰り返されるのか。それは不断に形成された男女の社会的関係の反映であり、女性への加害は、敵の男の所有物に対する攻撃や破壊と見なされているからだろう。国連平和維持軍の兵士までが同様の行為をする現実は、軍事主義そのものの暴力性を示している。

被害女性たちがそのつらい体験を語ってきたことが国際的な市民運動となり、人道に対する罪を裁く国際刑事裁判所の設立につながった。真相を究明し、加害者と責任者を明確に処罰することが、こうした犯罪を抑止する力になっていく。だが、日本など主要国はこの裁判所設立に関する条約を批准していない(注)。平和な文化を創っていく転換点に、いま世界は立っている。
(注)放送時点。その後、日本政府は国連条約局に加入を申し入れ、2007年に加盟した。米国、中国、ロシア、イスラエル、イスラム諸国の多数などは現在も未批准、未加盟状態がつづいている。


P.11 「1.各回の番組概要」(以下も含め、リンクは全て同一のPDFへ)

某所で見かけたように、ネタだろうが釣りだろうが「どうしてレイプする権利はないのでしょうか」などと、考えつくこと自体呆れ果てるコメントが出るのも、同じ根っこにつながるメンタリティなのかなぁ、と思ったり。

 概要を踏まえ、企画趣旨がこうまとめられる。

それはつまり、「人道に対する罪」という視点から、20世紀に起きた戦争や武力紛争を見直し、それらを終わったこととせず、被害者が長い年月、内に秘めてきた苦しみを語り、加害者の責任をきちんと問い糾すこと、そのことを通じて和解への道筋を探り、争いのない未来を創出するということであった。言い換えればそれは、被害・加害双方の当事者の証言がかつてなく重い意味を持つ時代が到来した、ということである。
こういう企画設定が可能になった背景には、番組の随所で指摘されていたように、近年の戦争そのものと戦争観の変化がある。戦争を旧態依然の国対国、正義対悪の争いなどとして考えているかぎり、一般市民や住民を巻き込んで、かつてないほど大規模に、かつ虐殺や拷問やレイプをともなって凄惨に行われる現代の戦争の現実は、たんに「戦争だから仕方なかった」「命令だからやむを得なかった」ものとして見過ごされてしまう。
(中略)
これら残虐行為を人道に対する罪として裁き、しかし、その上で、憎しみの連鎖を断つために、和解がなければならない。真の和解のためには、被害者と加害者が個人レベルで語るだけでなく、その語りを共有し、相互に承認し、合意し合う社会的な和解プロセスが必要になる。
そうした困難だが、壮大な実験も始まっている。
(中略)
委員会では、企画趣旨といい、各回のテーマ設定や内容といい、「なかなか意欲的」で、「すばらしい番組になっている」という意見が大勢を占めた。(中略) ただし、あとでもう少し詳しく見るが、2回目を除いて、である。


2.シリーズ全体の企画趣旨」(リンクは全て同一のPDFへ)

 委員会の目に、全体の企画趣旨から浮いていると見えた「第2回「問われる戦時性暴力」」の改編の過程がこうまとめられる。

V 改編の過程 ーー誰が、どのように指示したのか
[第1の波]……制作会社からNHKへ
[第2の波]……教養番組部長の指示
[第3の波]……国会担当局長の関与
[第4の波]……番組制作局長と放送総局長の指示

[第1の波]のあたりで右翼団体の動きが外で激しくなっており、[第2の波]のあたりでは、放送中止を求める右翼団体がNHK局舎内に乱入する騒ぎも起きていたという。

 そして、[第3の波]

放送前日の午後、国会担当局長が放送総局長を伴って、与党有力政治家でもある内閣官房副長官を訪ね、面談する。席上、放送総局長が、多角的な視点に立った番組である旨を説明すると、内閣官房副長官は、従軍慰安婦問題のむずかしさや歴史認識問題と外交について持論を語った上で、「こうした問題を公共放送であるNHKが扱うのであれば、公平公正な番組になるべきだ」との意見を述べた。
この面談から2人がもどると、関係者全員が集まって、最初のNHK編集版の試写が行われた。終了後、チーフプロデューサーとデスクの退席を求め、幹部管理職のみの話し合いが行われた。

この箇所、強調は引用者。そして、[第4の波]では放送の当日の数時間前に「元日本兵が女性法廷で証言しているシーンと、元従軍慰安婦の中国人女性が証言中に泣き出し、失神するシーン等の3ヵ所」を『放送総局長と番組制作局長は(略)「削除しておいた方が安全なのではないか」などと考え直』したという。BPO委員会はこう評する。

改編を主導したのは幹部管理職層であった。放送総局長、番組制作局長、教養番組部長、国会担当局長が入れ替わり立ち替わり、チーフプロデューサーやデスクを作業係のように扱い、改編を指示している。
(中略)
説明文書の終盤、もっとも大胆な改編が行われた「第4の波」に、番組制作局長の言葉として、「安全」という言葉が登場する。(略)
ここにはシリーズ全体の趣旨や2回目の番組テーマを考え、熟慮し、何より番組の完成度と説得性を目指そうとした形跡がない。


P.19 「� 改編の過程 ーー誰が、どのように指示したのか」(リンクは全て同一のPDFへ)


その後、目次表題はこう続く。

VI 散漫な番組 ーー制作者は誰か、改編の基準は何だったのか
1.安定的視点の不在
2.安全という意識
3.企画趣旨からの逸脱

VII 政治と放送 ーー放送・制作部門と国会対策部門の曖昧な分離
1.NHKの特異性と自主・自律の要請
2.改編を主導した幹部管理職による政治家との面談
3.NHKの自主・自律を危うくし、疑念を抱かせる行為
4.放送・制作部門と国会対策部門の分離の必要

VIII おわりに ーー「閉じた態度」から踏み出すために
1.放送倫理と業務命令のあいだ
2.内部的自由の議論を
3.視聴者へのていねいな説明を

 さて、問題の箇所。この辺が産経が『川端委員長は会見で「自主自律をゆがめる改編を外部の圧力で行ったと認定したわけではない」とした』と何かの努力をし、共同が『国会対策部門と放送・制作部門の明確な任務分担などを求めた』とまとめた箇所。

 実際に読むと面白い。

説明文書にはさりげなく書かれているが、読み飛ばせない箇所が何ヵ所かある。そのなかに、国会担当局長に伴われた放送総局長や番組制作局長が、それぞれ別々に政府高官である与党の有力政治家らに面会し、当該番組について説明した旨の記述がある。
(中略)
政治家は政治的主張をすることが職業であり、その資質や品位が問われるとすれば、語るべき時と場所と相手をわきまえるかどうかだが、すべての政治家がそのような判断力を持ち合わせているとはかぎらない政治と放送との適正な距離に気を配るべきは、視聴者からの信頼に応える責務を負った放送人の側にこそある

国会担当局長やその部門の職員らが予算説明のために単独で政治家に面会するのはともかく、その際にその政治家が強い関心を抱いているテーマの番組を制作中の放送・制作部門の責任者を同伴していくとはどういうことなのか。

政治と放送との距離に細心の注意を払い、NHKの自主・自律を率先して体現すべき立場の放送総局長や番組制作局長が、当該番組の改編・放送と相前後して、何の躊躇を見せた様子もなく、相次いで政治家に面会に出かけている様子、そのたびにこの番組について言及し、政治家の持説や意見を聞いていること自体に、委員会は強い違和感を抱く。

しかも、放送総局長と国会担当局長はその後、局にもどってただちに試写に臨み、改編箇所を具体的に指示しているのである。先に見た「第3の波」の改編が始まったのはここからであった。


P.23 「2.改編を主導した幹部管理職による政治家との面談」(リンクは全て同一のPDFへ)

 意訳すると、政治家に品位とか資質を期待しても仕方ない、わきまえのないのがいても仕方ないんだから、メディアの方で気をつけるしかないのに、お前ら何をやっていたんだ、と。

 また、意見書は終盤ではこうも書いていた。

 これら放送に携わるすべての放送人にとって、良心とは何か。プライドや矜恃とは何であり、けっして譲れない、また譲ってはならない一線とは何だろうか。
これこそ、放送倫理の核心にある問題である。


P.27 「� おわりにーー「閉じた態度」から踏み出すために」(リンクは全て同一のPDFへ)

 この報告書が放送倫理委員会から出たから、こういった表現になるだろうが、放送倫理を報道倫理とでも置き換えていただきたいものである。

 この意見書、1ページに、こう前置きをしている。

 そこで、本意見書をより正確に、より深く理解していただくために、最初に、委員会が当該番組に関してもっとも強く指摘したいことを記しておくことにする。
それは以下のように、きわめて単純なことである。
ーー公共放送NHKにとって、自主・自律はもっとも重要な理念であり、受信料を支払ってNHKの放送事業を支えている視聴者からの期待と信頼の源泉でもある。
ーーそのことを考えれば、NHKの予算等について日常的に政治家と接している部門の職員が、とりわけそれら政治家が関心を抱いているテーマの番組の制作に関与すべきではない。
ーーまた、番組制作に当たっている職員が、あまつさえその部門の責任者が、取材や出演依頼のためでもないのに政治家に会いにいき、放送前の番組についてあれこれしゃべったり、政治家の意見を聞いたりすることは、あってはならないことである。
ーーこれらは、みずから政治的介入を招いたり、その隙を作るようなものであり、自主・自律の理念を揺るがし、視聴者からの疑念を招き、信頼を裏切る行為である。

いまNHKで、あるいは民放も含め、放送界で働いている人たちは、こんなことは言わずもがな、と思うかもしれない。たしかに当たり前で、単純なことであり、公共放送NHKに限らず、自主・自律を旨とする放送人にとって、これは自明の原則である。
ところが、当該番組の制作・改編の過程には、この当然の原則が必ずしも自明ではなかった事実が存在する。委員会は、このことを重く見る。


P.1 「1.放送と政治との距離の重要性」(リンクは全て同一のPDFへ)

 産経報道では、ニュアンスを一生懸命薄めようとしていたようにも見えたのだが、この意見書、相当辛口の批判では無かろうか。とはいえ、このシリーズ、2回目がアレなことになっていたとしても、全体に素晴らしい企画だったようだ。俄然興味がわいて、是非とも見てみたいと思ったのであった。

 意見書を確認した後、他でもこの件を報道していたことに気付いた。後発分(多分)は、批判のニュアンスの強い意見書であるとの報道であるようだ。

 asahi.com 4月28日「NHK番組改変問題「自主・自律危うくする」BPO意見」の一部、

委員長を務める川端和治弁護士は記者会見で「NHKは現在も制作部門が事前に政府高官に説明する可能性を排除していない。やめて欲しいと申し上げることにした」と語った。

 委員会の意見は放送界に影響力を持つが、法的拘束力はない。



 時事ドットコム 2009/04/28-19:55「自主自律の理念を揺るがす行為=NHKの政治家接触、番組改編問題で-BPO
…独自で目を惹く内容なし。

 日テレニュース「NHK改変問題「重大な疑念を抱かせる」<4/28 22:41>

NHKは「放送した番組は政治的圧力で改変されたり、国会議員の意図を忖度(そんたく)したという事実はありません」とのコメントを発表している。



 フジニュースネットワーク(04/29 01:07)「NHK従軍慰安婦問題番組改編問題 BPO「放送倫理上の問題があった」とする意見公表

これに対し、NHKは「政治的圧力で改変されたり、国会議員の意図を忖度(そんたく)したという事実はありません」とコメントしている。



 毎日新聞 2009年4月28日 20時07分「BPO:番組内容の政治家説明 NHKの姿勢は問題と認定

 8年前に放送された番組について決定を出すのは異例。川端委員長はその理由を「NHKは放送・制作部門の責任者が政治家に放送前の番組の説明をする可能性を今も排除していない」と説明した。

 NHK広報局は「『番組は完成度を欠き散漫』などと評価されたのは残念。放送倫理上の観点から番組の質を論ずることに強い違和感を覚える」とコメントしている。


 毎日新聞 2009年4月28日 21時35分「BPO:NHKの「自主・自律の危うさ」を明確に指摘

 慰安婦に関する番組は、NHKでは同番組を最後に8年以上制作されず、職員は「事実上、タブーになってしまった」と明かす。

 検証委員会は、NHK側に検証と番組などを通じた視聴者への説明を求めた。委員会は、放送倫理が問われた関西テレビによる番組捏造(ねつぞう)問題の反省から、NHKと民放各局の総意で生まれた機関だ。その意見にNHKは率直に耳を傾けるべきだ。



 その後、ちょっと驚くほど続々とこの件に関する報道が出ているけど、略。
これだけ話題になっていれば少しは歯止めになるだろうか? 

 放送倫理検証委員会が指摘するとおり、これは8年前の問題ではなく、いつでも再現しうる問題なのだ。23日の自民党町村派の総会で、今月5日放送のNHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー 第1回『アジアの“一等国”』」が話題になったそうだ。

(略)
 稲田朋美衆院議員は「台湾は李登輝元総統など親日家が多いのに番組は反日の部分だけを偏向して報じた」と批判。町村信孝前官房長官も「番組をみたが率直に言って首をかしげた」と同調した。安倍晋三元首相は「週刊新潮も取り上げたが、番組はひどすぎる。関心を持ってこのシリーズを見てほしい」と呼びかけた。

 中山成彬(なりあき)元文部科学相も記者団に、自らが会長を務める議連「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」としてNHKへ公開質問状を出す意向を示した。



 および、
Apes! Not Monkeys! はてな別館』2009-04-21付『NHK「シリーズJAPANデビュー」に自民議連が質問状?
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ユーザータグ:  日本軍性奴隷制問題
[ 2009/04/29 12:00 ] 自爆史観 | TB(1) | CM(10)

   No. 5855

>何故今頃か、こんな前の出来事に対して意見書が?との、当然出てくるであろう疑問

しかし結果的には実によいタイミングで意見書が出た、と考えることもできそうですね。
[ 2009/04/29 13:04 ] lrg3p7cc[ 編集 ]

ATM   No. 5856

アジアの“一等国”に関しては、取材を受けた台湾の人の側が「これでは台湾が反日国家だと誤解される」と抗議しており、「戦時性暴力」問題における左翼団体の立場です(「戦時性暴力」では、取材に協力した左翼が「番組内容が違う」と抗議してますから)。

つまり、この「戦時性暴力」を認めるのであれば、「アジアの“一等国”」もまた、「誰か」の政治的偏向を受けたと認める必要があります。少なくとも、調査は必要でしょうね。
[ 2009/04/29 13:24 ] vuEiKkp6[ 編集 ]

大日本帝国と日本国は違いますよ?   No. 5857

>アジアの“一等国”に関しては、取材を受けた台湾の人の側が「これでは台湾が反日国家だと誤解される」と抗議

ソースの掲示を願います
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20090428/p1

別段台湾でなくても、サンフランシスコ平和条約を締結した日本国も「大日本帝国」の戦争を「正義の戦争」だと肯定することはできないのですけど?
[ 2009/04/29 18:26 ] -[ 編集 ]

親日家が多いから何なの?   No. 5858

田母神さんなどは、ぶっちゃけ言えば、「大日本帝国の継続が本来の日本で、東京裁判史観や戦後の改革は占領期の押しつけだ」という論でしょう。「台湾は日本の植民地支配を感謝して、日本が太平洋戦争でアメリカに勝てばもっと良かった」と考えているのでしょうね。安倍さんにしても自民党の議員にしても。
 しかし、「『週刊新潮』もとりあげているが」って、あの、朝日支局襲撃事件は本当らしいって根拠を問わず信じる『週刊新潮』のことですよね。
 もう『WILL』でも『正論』でも、李登輝さんに特別インタビューして、「日本の植民地支配は良かった」って熱烈に語ってもらえばいいじゃないねえ。ぶつぶつ言っていないで。


  
[ 2009/04/29 20:30 ] JyN/eAqk[ 編集 ]

   No. 5860

>Apemanさん

 「JAPANデビュー」の件も、あれがある種の人達のツボだとあらかじめNHK側が知っていれば、あるいは、あらかじめある種の人達が知っていて活動していれば、恐らく自主的に「忖度」していたんでしょうね。
[ 2009/04/29 22:38 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

   No. 5861

>2009/04/29 13:24 No. 5856
>取材を受けた台湾の人の側が「これでは台湾が反日国家だと誤解される」と抗議
<
 その話は目にしていませんので、具体的に「取材を受けた台湾の人」が抗議が表明されている文書の所在を示してください。
なお、このような話なら目にしています。http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20090423/1240414266

 後段の「つまり」以下の文章については、『「戦時性暴力」を認める』の意味が不明確ですので、「つまり」以前の文章と以降の文章がつながっていません。さらに『「誰か」の政治的偏向を受けたと認める必要』は、もっと意味が不明確です。
 端的に表現すると、何か意見を表明したいらしいのは解りますが、どんな意見を表明したいのか解りません。
[ 2009/04/29 22:50 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

   No. 5862

>国粋は必ずしも愛国の体をなさずさん
>kuronekoさん

 まとめレスのお礼ですみません。コメントありがとうございます。なんか、「親日国家」台湾に思い入れのある人って多いんですね。
台湾立法院で「慰安婦」謝罪要求決議が採択されてたりもするんですけど、あの時も、なんか見えなかったっぽいリアクションでしたっけ、そういえば。
[ 2009/04/29 22:56 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

日本語学習   No. 5863

そもそも、いつ、どこの誰に日本語を学んだ方かわからないけど、
<「誰か」の政治的偏向を受けたと認める必要があります。> という日本語が、自然な日本語ではないですね。
 どこの国の方なのかな。

 「政治的偏向」という語、「受ける」ものではなく、「政治的偏向がある」というように言うのではないかな。動詞として使うなら「偏向する」だけど。
 「政治的偏向のある人物による介入を受ける」という言い方ならなら、日本語を幼少時から使っている人による発話だと思えるけど。

 日本人になりすますには、ある程度は自然な日本語を使わないとね。
[ 2009/04/30 01:06 ] 4V9qp3nE[ 編集 ]

横から失礼致します。   No. 5869

kuroneko様。
あくまでご批判の範疇と思いたいのですが、しかし、
「どこの国の方なのかな。・・・日本人になりすますには、・・・」
なる言い回し、
ちょっと脇が甘い気がします。

 ***

番組について。
私は、「台湾が反日国家だと誤解される」というのは、ちょっと拡大解釈じゃないか?と思うなあ。番組は統治時代の事実の一面を映した訳であって(限られた時間の中、そこに至る「何故」のところも解り易かったと思う)何も日本人は原罪を背負え、と言っている訳ではない。
むしろ、いまの時期だからこその好企画だと思いましたが。
[ 2009/05/01 01:46 ] -[ 編集 ]

BY君をからかう癖が抜けない?   No. 5871

札幌運転所隣人さま

 あんまり感じのいい物言いではないとは自覚しているんですが、ぞんざいに日本語を使われると、いらいらしますもので。
 軽薄な口語体でも、この言い方は紛らわしくはないか、と省みて書いているのですがね。
 たしかに「やーい、日本語が下手」と侮るのでは、ニューカマー差別に近くなりますねえ。反省。

 
[ 2009/05/02 09:40 ] EoTN80yg[ 編集 ]

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「JAPAN デビュー 天皇と憲法」  近代日本の矛盾

 シリーズの第1回「アジアの一等国」が自民党政治家の一部から批判を浴びたことは、周辺ブログでも知っていました。第2回の「天皇と憲法」も自民党の右派政治家が横やりを入れる可能性があるかもしれないという意味でも興味津津で、昨日(5月3日)の夜9時からNHK総合で...
[2009/05/04 12:12] URL みんななかよく












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