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韓国で宋神道さんの映画「オレの心は負けてない」が好意的に迎えられている 

 だいたい、今年2月後半ぐらいからだったろうか、韓国語報道で一つの話題がしきりと報じられるようになって、それが現在も続いている。

 1993年4月5日、東京地裁に提訴された「在日韓国人元従軍慰安婦謝罪・補償請求事件」を闘い抜いた、宋神道(ソン・シンド)さんの10年を描いた、ドキュメンタリー映画「オレの心は負けてない」( 安海龍監督 )が韓国で公開されるそうだ。

 宋さんは

1922年、日本の植民地支配下の朝鮮・忠清南道に生まれた。数え16歳のとき、母親によって結婚をさせられるが、式の日の夜に逃げ出し、家を出る。「戦地に行って御国のために働けばひとりでも生きていける」と騙され、中国中部の武昌へ。「世界館」という慰安所で兵隊の「慰安」を強要された。当時、兵隊に斬りつけられたキズと入れ墨が今も宋さんの体に残っている。二人の男の子を出産したが、育てることはできず、やむなく人に預ける。部隊付きにされ、時には歩哨に立たされることも。
 1945年日本の敗戦後、日本軍人に誘われ、日本に来たが、博多で放り出され、その後、在日朝鮮人のKさんに助けられ、戦後は宮城県に住んでいる。


在日の慰安婦裁判を支える会 『宋神道さんの紹介より一部』


 1992年1月に、日本軍が慰安婦問題に関与したという政府文書がでました。その時に、日本の市民団体の人達は「慰安婦ホットライン」を開設して、被害者からの情報提供を募りました。この時に、私は「在日の慰安婦裁判を支える会」の人達と出会って、1993年4月5日に一緒に訴訟をはじめました。


ソウル新聞3月3日付 『다큐 ‘나의 마음은… ’ 할머니 “일본 사죄하라”
に掲載された宋さん本人インタビューより自動翻訳(を日本語らしく手直し)した一部』

  地裁に提訴された裁判は、1999年10月1日に、背景事実と個別事実は認定されながらも棄却判決。2000年11月30日に、背景事実と個別事実そして強制労働条約と醜業条約への違法性が認められながらも、東京高裁で棄却判決。2003年3月28日に、最高裁で棄却決定された。

 この映画を紹介する韓国語報道の論調は、どれも共通している。

(略)
 『「在日の慰安婦裁判を支える会」に何人の日本人が参加したとしても、そんな大げさな話か。そんな人達が何人いたところで、日本政府がまばたき一つするもんか。』そんな風にくさす人はいそうだ。確かにそういう側面はある。支援する日本人が何人いても、日本政府が変わることはなく、過去の歴史に対して日本が本当に反省することもないだろう。

 しかし、それなら我々は一体何をしていたのだろうと反問せざるを得ない。(中略)「慰安婦」は自発的に参加した人々だと話す韓国人達、そして、日帝時代が韓国の産業化や民主主義政治をもたらすのを助けたとおめおめ語る知識人も、我々の社会にはいる。我々の内部にある親日清算問題さえまともに解決できない状態で混乱を繰り返している間、例え数少ない人らであろうとも、宋神道さんを10年の間支援した日本人たちからは、多くのことが感じられる。


オーマイニュース09.02.19 16:21付 『 <나의 마음은 지지 않았다> '홍보 기사'입니다 (「 オレの心は負けてない」広報記事)より自動翻訳(を日本語らしく手直しした意訳)した一部』


 韓国における慰安婦問題は、三一節や光復節頃のしばらくだけ火が付いて消える奇現象だ。

 いや、正確に表現すれば、『慰安婦』問題はいつもあるが、それに対する我々の関心はすぐに消えてしまう。この映画は慰安婦問題が、時流に関係なく持続的に関心をもって克服すべき問題であることを主張している。
(中略)
 宋さんと共に映画のストーリーの軸となっている人達は、宋さんを支援する日本人と在日の同胞達、すなわち汎日本人だ。この映画は日本と日本人に対する怒りではなく、戦争反対と平和への連帯を語っている。


ハンキョレ新聞 2009-02-26 11:46:5付 『 [시네마] 나의 마음은 지지 않았다 (映画「 オレの心は負けてない」)より自動翻訳(を日本語らしく手直しした意訳)した一部』

 宋さんの映画を紹介する報道は非常に多いが、二つばかりあげてみた。だいたいこういう調子だ。
 1月末頃、ヘラルドトリビューンが引用したAP電のニュースによると、2009年1月10日の韓日首脳会談の席で李明博大統領が強制徴用と慰安婦問題に対して今後の謝罪要求放棄を誓約した(pledged)とのことで、韓国紙ではちょっとした騒ぎになっていた(2009년 01월 29일 『MB, 강제징용·위안부 포기 서약? 』など)。あるいは、2月16日頃には「慰安婦」被害者を常習的に誹謗したネットワーカーが挺身対策協によって告訴されている( 2009.02.16『위안부 할머니 비방한 네티즌 고소 』など)。韓国社会でも、風化を憂慮する事態になっているらしい。
 そして、宋さんの映画が歓迎されている。

 「『慰安婦』にされた女で、貧乏で、朝鮮人」という三重の差別を受けていた 宋さんが提訴に踏み切った最初の動機は

 軍人は軍人恩給をもらって、遺族は遺族年金もらって、戦争のために自分たちが犠牲になったんだからと大いばりしているけれど、自分だってお国のために戦地に引っぱられていったのに、自分がもらっているのは生活保護だという理由で白い目で見られる。
 なんでこんなに違うんだ。


戦争と性 第25号、34ページより

だったという。

 差別を受けていた地元に「勝って帰って見返す」つもりであった宋さんは、 地裁で敗訴の時には非常にショックを受けられたそうである。その後の高裁では、事実認定と違法性が認められながらの敗訴であり、これにはむしろ支える会の人達が落ち込みうなだれたという。ところが、この時に、宋さんが「おれは大丈夫だ、おめえら元気出せ」と即興の歌で慰められたのだそうだ。

 そして最高裁判決。法廷も開かれずに、突然「決定」が出されたのだそうだ。前触れもなく出された決定を、支える会の梁氏が電話をして、非常に言い出しにくい気持ちに話が逸れながらも

(略)
そうじゃなくてね、おばさん。裁判が負けちゃったんだ」と言ったら、「ああっ? 裁判負けた? なんだそんなことか」(略)
あっけにとられていると、「そりゃ負けるだろう」(略)「おめえ、こんな国だもの」って。ちょうど日本がイラク派兵をしたときで、「よその国の戦争に軍隊出すのに何十億、金出したって、自分の国の戦争で犠牲にしたアジアの人間に対しては金を出さない、そういう国だ。だから、謝りもしない。裁判はそりゃぁ負けるさ。おめえら大丈夫か、おれは大丈夫だぞ」と。


戦争と性 第25号、38ページより

裁判の結果より、宋さんには、その間にできた絆の方が強かったのだろうと梁氏は語る。

 最後の報告集会で宋さんが語った言葉が「裁判は負けたけれども、おれは負けてない」だったのだそうだ。この宋さんの名言が、もちろん映画タイトルの由来である。
 
 そして、ほとんどの韓国紙は、もう一つ宋さんが語ったメッセージを韓国社会に伝えてくれている。リンクはその一つ、ハンキョレ新聞2月20日付記事に貼っておこう。

ちくしょう、二度と戦争するなよ。
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ユーザータグ:  日本軍性奴隷制問題
[ 2009/03/09 18:30 ] 四方山話 | TB(0) | CM(2)

何て強いんだろう…   No. 5740

力強いメッセージに胸を打たれると共に、

「ごめんなさい、こんな国で。」

と頭を垂れたくなりました。

「こんな国」から少しでも変わるように、「学説に基づいて(実証主義的研究が進んできて色々なことが分かってきてるんですから、それから目を背ける必要なんて無いと思うので)」、身近なところから、少しずつでも伝えていきたいという思いを強くしました。
[ 2009/03/09 20:13 ] mQop/nM.[ 編集 ]

   No. 5744

>七重さん

 宋神道さんと、支援した(している)方達には本当に頭が下がります。また、発言できる被害者の方がどれほど少ないだろうとも思えて、しん、とした気持ちにもなります。

 例えば、裁判で事実認定の段階に至った訴訟では、日本の裁判所によって被害事実が認められているといったことも、私自身、ブログで、対抗言論のための根拠を集める過程で知ったことなんです。少しでもこういった情報を多くの人に知ってもらえる方向にもっていければ、宋さん達のお叱りに応えることになるかも、と思ってます。
[ 2009/03/10 12:55 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

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