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ナチス収容所での性奴隷制度を告発する展示会がドイツで開催 

 ナチスドイツ軍において、より小規模という話ではあっても、日本軍の慰安所制度に類似したシステムがあったとは、吉見義明氏の『従軍慰安婦』(岩波新書 p.202-208)にも述べられており、それなりに知られている話だろう、、、というか、「日本だけが云々」の主張で、しばしば目にする話である。どちらも強制売春だから、 公式謝罪に公的な賠償、 できれば責任者処罰、もちろん当然に真相解明と再発防止をすべき話だ。

 26日付でAFP通信がこんなニュースを配信していた。
Exhibition exposes sex slavery at Nazi camps
ナチスの収容所での性奴隷制度を暴露する展示会。
 1943年半ばから1944年12月まで、ベルリン北のラーベンスブルック( Ravensbrueck)強制収容所で、抑留された人達のための性奴隷としての労働を強制されたWさんは、そこの管理者から、お前達は幸運だ、じゅうぶんに飲物も食べ物も供給され、与えられた任務を果たせば何も起こらない、と言われたそうだ。
 これらWさんの証言を中心としてラーベンスブルックでは、「1942-1945の間、アジアにおける第二次世界大戦下の「慰安婦」に似た、売春を強制させられた女性たちの運命についての展示会が開催される」、と記事は報じる。

 ナチスドイツ軍での強制売春については、日本軍「慰安婦制度」と類似したものといわれているので、買う側は兵士だと思っていたのだが、

But rather than servicing soldiers, the camp prostitutes were the brainchild of SS chief Heinrich Himmler to increase productivity among forced labourers and try to keep homosexuality from "breaking out" among their ranks.
 しかし、兵士に性労働を提供するよりはむしろ、収容所の娼婦達は、強制労働者達の生産性の上昇と、その集団内で同性愛が発生しないようにしようとする、SS指揮官ヒムラーの発明だった。

Their numbers were far smaller than the tens of thousands of "comfort women" kidnapped across Asia to serve Japanese troops.
But Ravensbrueck centre director Insa Eschebach said the at least 200, predominantly German women who were enslaved also endured paralysing trauma, shame and scorn in an until now largely "taboo" chapter of European history.
 女性たちの数は、日本軍に奉仕させるために誘拐された数万もの「慰安婦」たちよりは、はるかに少なかった。でも、奴隷にされ、精神的外傷に麻痺しつつ耐え、自分を恥じ、嘲笑を浴びせられ、今に至るまでほぼヨーロッパ史の禁断の章に封じられた、大部分がドイツ人である200人以上もの女性がいると、ラーベンスブルックセンター所長のインザ・エッシェンバッハ氏は語る。


 強制売春に従事させられた女性たちは、ナチス占領下の10の収容所から集められたとのことだが、

The vast majority were imprisoned for "anti-social" behaviour -- a crime arbitrarily defined under Hitler to include prostitutes but also women with suspect political ties or relationships with Jews.
 ほとんどは、ヒトラーの下で売春を含むように恣意的に定められた罪状に照らして「反社会的行為罪」で収容された人達だったが、ユダヤ人と政治的なつながりを疑われた女性も含まれた。 (12/6/17、コメント欄でのご指摘により、この部分の訳を修正)

Prisoners given a privileged place in the camp hierarchy -- exhibition curator Michael Sommer estimates about one percent of the forced labourers -- could "buy" up to a quarter of an hour with a prostitute for two Reichsmarks from the pittance they earned in the Nazi-run factories.
A fraction of that amount was credited to women's camp accounts which they could use for food when it was available.
 展示を管理するミヒャエル・ゾマー氏によると約1%と見積もられる、収容所の階層で特権的な位置にいる囚人は、ナチス経営の工場で得た収入から、2ライヒスマルクで娼婦の15分を買うことができた。
その一部は、女性の収容所での口座に入り、可能な時には食糧のために使うことができた。


"The sex work was organised very bureaucratically," said Sommer, showing prisoner files with the code 998 signifying a prostitute and vouchers used by men allowed to visit the camp brothel.
 売春婦を示すコード998がつけられた囚人ファイルと、収容所の娼窟を訪問することが許された男性が使う商品券を示しながら、ゾマー氏は「性労働は、非常に官僚的に組織されていた」と述べた。


 (中略)

Prostitutes were regularly tested for sexually transmitted diseases to avoid outbreaks at the camps. Pregnancies ended in forced abortions.
 娼婦達は、収容所での蔓延を防止するために定期的な性感染症検査を受けさせられ、妊娠した場合は強制的に堕胎させられた。


(中略)

Although nearly all the sex workers survived until the camps' liberation, there is scant evidence any were released for service rendered.
 ほとんど全ての性労働者は、収容所解放時まで生き延びたが、労働の対価を得たとの証拠は乏しい。

After the war, most of the German sex workers kept their trauma silent out of shame, while foreign victims feared being seen as "collaborators".
 戦後、外国人犠牲者は「協力者」と見なされることを恐れ、ほとんどのドイツ人性労働者は精神的外傷を引きづり恥の意識から、沈黙した。

None received recognition from the German state as victims of sex slavery or compensation for their ordeal. Few, if any, are still alive today.
 ドイツ国家から性奴隷制度の犠牲者として承認も、試練の賠償も受け取った人は誰もいない。犠牲者は、生存しているとしても、今となってはごくわずかだ。

Eschebach noted that sex slavery has only been recognised as a war crime under international law since 2002 and said the more recent occurrences of mass rape in Bosnia and Rwanda, as well as the demands of "comfort women" for justice, had prompted more research in Germany.
 性奴隷制度は、2002年から国際法下で戦争犯罪として認識されたに過ぎない。それより後に起こった、ボスニアやルワンダにおける大規模強姦事件、そして「慰安婦」への正義の要求が、ドイツにおけるより多くの研究を促したと、エッシェンバッハ氏は語った。

 強調は引用者による。ナチスの収容所における性奴隷制を引き合いに出して、日本軍「慰安婦」制度の問題を相殺しようという言説が、ナチスの強制売春の解明や解決に取り組んでいる人達が知れば(知っているだろうとは思うが)、さぞかし呆れ返られてしまうことだろう。どちらも、被害者が納得する形での解決が、被害者の皆様が存命のうちにと願うばかりだ。

 …展示会は3/8まではラーベンスブルックで、その後ドイツ国内を3箇所回った後、2010年にローマで開催されるという。

 なお、この報道は、中国でも報じられていた。
 环球时报 2009-02-27 13:08 付の
国举行展览披露“纳粹慰安妇”秘闻  (ドイツが「ナチスの慰安婦」秘聞を展覧会で披露)』
この報道には、AFPには見当たらなかった情報も含まれていて、

 ドイツの歴史学者のロベルト某(引用者注;読めなかった(^^;)によると、1942年ー1945年間、少なくとも200人の女性が拘禁され、収容所内で売春を強制された。その中の170人の身分は既に確定されており、70%はドイツ女性、その他はポーランド、ウクライナ、ベラルーシあるいはオランダから連行された。


 韓国では、まだでていないようだが、、、2007年11月12日付のノーカットニュースでで、『 성 노예전 “일본정부 반성의 계기가 되길”  (性奴隷制「日本政府の反省の契機に」)』として、日本軍「慰安婦」とナチスドイツ収容所の強制性労働の実態を公開する展示会を、2007年11月12日に、東北アジア歴史財団主催で開催済みらしい。
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ユーザータグ:  日本軍性奴隷制問題
[ 2009/02/27 19:00 ] 四方山話 | TB(0) | CM(2)

遅ればせながらですが   No. 7448

いつも緻密な情報収集と整理をしていただいてありがとうございます&お疲れさまです。ブクマから今読ませていただいたのですが、下記の部分の日本語訳が意味が通りにくいように思います。

The vast majority were imprisoned for "anti-social" behaviour -- a crime arbitrarily defined under Hitler to include prostitutes but also women with suspect political ties or relationships with Jews.

ここはざくっと訳すと

ほとんどは「反社会的行為罪」(ヒトラーの下で恣意的に娼婦が含まれるように定められた罪状)によって収容されていた人だったがユダヤ人との政治的なつながりを疑われた女性もいた。

ですね。arbitrarilyは、わざわざ売春を職業としていた人々を含むように法律のほうを定義したわけですからここは「恣意的に」、relationshipsはtiesを言い換えているとみるのが自然かと思います。古い記事に遅ればせながらのコメントですがご参考までに。
[ 2012/06/11 21:38 ] Qi8cNrCA[ 編集 ]

   No. 7450

>ばらこさん

 御教示ありがとうございます。いやもう、英文和訳がへたくそでお恥ずかしい。えっと、頑張って修正します。
[ 2012/06/17 17:56 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

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