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オーストラリアで「慰安婦」謝罪要求決議採択をめざす活動について、28日の報道 

(補足あり)
 

 28日付の、The Sydney Morning HeraldやらBrisbane Timesやら複数のオーストラリアの新聞で、慰安婦に関する論説(多分)が掲載されているようだ。

The Sydney Morning Herald August 28, 2008付
Past is still present with crimes against humanity』から、、、相当意訳になっているけど保存。

 グルジア(*)の紛争報告では、強姦が明らかに戦争の武器として何度も用いられたと述べられている。これは驚くべき事では無い。強姦は何千年もの間、戦争の武器として用いられてきた。そして今も、国連によって人道に反する罪であり戦争犯罪であると宣言されているにもかかわらず、現在でもその方法に用いられている。何千もの女性が1990年代のバルカン紛争や、コンゴやダルフールの内戦で強姦された。

 人道に反する罪や戦争犯罪の結果は、世代を超えて痛み続ける。それが、戦争犯罪者の訴追手続で出訴期限が解除されている理由だ。彼らの年齢も、どれだけ時が過ぎたかも問題ではない。

 このような告発は、正義をもたらすことと等価と認識されている。ハンガリー政府は、1944年のブダペストでボール・バラッジュを打擲死させたとして告発されたチャールズ・ゼンタイを、オーストラリアから送還するよう要請した。これは単に、64年前に関与した殺人のために老人が告訴されたからではない。
 バラッジュが打擲死させられたのは、ユダヤ人が占領下のヨーロッパ全域で身につけるように強制されたダビデの黄色い星をつけていなかったからだ。彼の死は、第二次世界大戦下の何百万ものユダヤ人殺戮の一部だった。(中略)

 そしてもう一つ、来週にラッド政権が直面する、第二次世界大戦下の人道に反する罪と戦争犯罪を含む問題がある。

 戦時中、日本軍は政府の認可の元で、征服し占領した国で何百もの「慰安所」を設置した。これらの売春施設は、士官を含む日本軍兵士によって使用された。それら売春施設で奴隷状態に置かれた何千もの「慰安婦」のほとんどは、強制的に家族から離され、多くは何か月も、いくつかの事例では何年も拘束された十代の少女だった。

 90年代の初め、何人かの「慰安婦」であった人達が、彼女らの被害を語り、日本政府に公式な謝罪を要求しはじめた。
(中略、アメリカ・カナダ・オランダ・EUの謝罪要求決議の紹介、アメリカ決議においては、採択阻止のロビー活動が激しかったことにも言及)

しかし、日本政府は謝罪を拒絶しただけでなく、売春施設が公的にに認可されたものではないし、「慰安婦」のほとんどは志願したとの主張を続けた。この否定の忌まわしさが、生き延びた『慰安婦』にもたらした痛みと苦しみは想像もつかない。

(中略、オーストラリアでのキャンペーン紹介)

 議会決議を要請している嘆願書は、次の二週中には首相に提出される。間違いなく、キャンベラの日本大使館は、ラッド政権にそんな決議を支持しないように圧力をかけるだろう。でも、その努力は失敗に終わるべきだ。

 生き残った『慰安婦』被害者女性はどんどん亡くなって逝っている。日本政府は明らかに時間が経てばうやむやになると信じている。この問題は、過去と未来の問題だ。 政府(と、彼らの市民達)が、過去の罪を認められないなら、強姦は未来でも戦争の武器となり続けるだろう。

 ラッド政権は、即刻、日本政府から公式謝罪をひきだすよう要求する決議を提出すべきだ。

本当に手遅れになる前に。


まとめ。
・オーストラリアは、戦争犯罪を裁くことに積極的である。
・来週か再来週には、ラッド首相に、「慰安婦」謝罪要求決議に関する嘆願書が提出される。



* コメント欄でご指摘いただいて修正しました (修正前;ジョージア)。
ご指摘ありがとうございました。



補足1;
 The Sydney Morning Herald記事の導入部分についての参考、

 1975年、アメリカのジャーナリストで、女性への性暴力、児童虐待などを精力的に取材し調査していたフェミニスト、スーザン・ブラウンミラーが『アゲインスト・アワー・ウィル(我々の意志に反して)』を出版し、世界に衝撃を与えて、それ以後アメリカでは性暴力への法や見解が大きく変化した。
 この本によって最も大きく変化したのは「レイプとは何か」という観念である。彼女が書くまでは、レイプは性的衝動に突き動かされた男性が犯す性的犯罪であるとして、ある意味で、男性性の過剰な発現でもあるかのように見なされていた。(中略)彼女はこの「レイプ神話」を覆し、レイプとは(中略)ある意味でもっとも原始的な暴力的威嚇であり、それが男性社会で一般的に容認されてきた(中略)『恐慌状態にとどめておく威嚇装置』だとした。
(略)
 強姦がもっともその威嚇装置としての機能を爆発させる場、それが戦争である。なぜなら、そもそも戦争は、相手の財産、土地、奴隷を奪うために敵対し、殺し合う男達の修羅場だから、相手の「女」を奪うことは、戦争の重要な目的であり、かつ手段なのだ。なぜなら、戦争における強姦は軍事的効果が高い。それは相手への威嚇であり、侮辱であり、その士気低下を招く有効な手段であるからだ。
(略)
 戦場のレイプは、戦時暴力の一形態であり、「性的表現」をもちいた攻撃である。

若桑みどり著「戦争とジェンダー」(大月書店 2005年4月発行)「第五章 女性差別と戦争」の「「2 暴力と恐怖による他者の支配ーー戦争とレイプの相関」」(P.171ーP.176)より

当ブログ内のエントリでは;
 2007/09/02付『読書メモ;「戦争とジェンダー」
 2007/12/20付『「彼ら」が教科書を標的にする理由;若桑みどり氏の「戦争とジェンダー」より


補足2;
「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW-NETジャパン)ホームページコンテンツ「2000年女性国際戦犯法廷」の「裁かれてこなかった女性に対する戦争犯罪、戦時性暴力」より

 戦場での強かんや性奴隷制などは、戦争につきものとされ、被害者が沈黙を強いられ、世界のどこでも裁かれなかったのです。国際法そのものが、戦時性暴力を被害女性の人権侵害とは見ず、その属する集団、つまり、家族や部族や民族の名誉を傷つける行為と見なしていたからです。

 こうした戦時性暴力不処罰の流れを変えるきっかけを作ったのは、「慰安婦」たちでした。九十年代初め、アジア各地で「慰安婦」が声をあげたころ、ヨーロッパでは旧ユーゴの内戦で何万人という女性たちが、1993年ウィーンの世界人権会議で出会い、戦争や武力紛争下の女性に対する暴力反対の声を上げたのです。

 相次いで設置された旧ユーゴやルワンダの国際戦犯法廷で、強かんや性奴隷制など戦時性暴力の責任者が初めて裁かれるようになり、ルワンダ法廷では、集団強かんの責任者が終身刑を宣告されました。国家の指導者を戦争犯罪や人道への罪で処罰すべきだという国際世論が高まり、常設の国際戦犯法廷としての国際刑事裁判所を作ろうと、そのための規程が1998年にローマ会議で採択されました。

 このように、「慰安婦」問題と旧ユーゴやルワンダなど現代の武力紛争下の女性への暴力のつながりが認識され、1997年に東京で開かれた「戦争と女性への暴力」国際会議(中略)では東京裁判で、なぜ「慰安婦」制度が取り上げられなかったのかが問題になり、戦時性暴力不処罰の克服が再発防止に必要だという結論に至りました。


ほぼ、同じ意味の文章だけど、

 これまで戦時・性暴力はほとんど処罰されず、東京裁判でも「慰安婦」制度は戦争犯罪として裁かれませんでした。しかし、90年代前半、旧ユーゴやルワンダの内戦で国連が設けた国際戦犯法廷で強かんなどの性暴力が初めて裁かれ、責任者に有罪判決が出るようになりました。95年の北京世界女性会議の「行動綱領」には武力紛争下の強かんや性奴隷制などは女性への戦争犯罪であり、真相究明,被害者への補償、加害者の処罰をすべきだ」と明記されました。98年には国際刑事裁判所を設立する規定が採択され、女性への戦争犯罪を裁くことが盛り込まれました。続いて国連人権小委員会に提出されたマクドゥーガル報告には「戦時・性暴力の再発を防ぐために不処罰の循環を断ち切ろう」と「慰安婦」問題で国家補償と責任者の刑事責任追及を勧告しました。

これは、「2000年女性国際戦犯法廷」の意義のコンテンツで、『戦時・性暴力不処罰の循環を断ち切るために』の文章。


補足3;
人類猫化計画』さんの2007年04月22日付エントリ『アフリカの紛争と従軍慰安婦問題』より一部引用;

■2000年12月11日、私は東京・九段会館で開催された「現代の紛争下の女性に対する犯罪国際公聴会」に参加した。
(略)
■2000年の公聴会での証言の概略。
証言者(サバイバー)はブルンジの19歳の女子高校生。

私は「銀行と保険」について学ぶ高校生。99年12月、バス停に向かって歩いている途中、車に乗った若い屈強な男たち2人にいきなり車の中へ引きずり込まれた。彼らがフツ族の反乱軍であることはすぐにわかった。
私は薬をかがされ、気がつくと暗い藪の中を引きずられていた。私は大声で泣き叫び逃げ出したが、すぐに捕らえられて手足を4本の木に縛りつけられた。そして数日間にわたって、彼らをはじめ、そこにやって来た仲間の男たちから激しい性的暴行を受け続けた。
やがて彼らは政府軍のところに私を連れて行くから、どんな暴行を受けたか話してやれ。ただし自分たちの情報を一言でもしゃべったら家族全員を殺すと脅した。
彼らは私を政府軍に近い場所まで引っ張っていき、私は命じられるまま政府軍の兵士にこれまでのことを話して助けを求めた。
ところが彼らは反乱軍の情報よりも私の体に関心を持ち、反乱軍と同じようによってたかって私を強姦したのだ。
あげくに彼らは救出者の英雄きどりで私を病院に連れて行ったので、私は気も狂わんばかりの思いで病院を抜け出し家に戻った。
私は家族には何も話さなかった。そして妊娠している事実を知った。
姉の助けで堕胎し、ようやく家族にことの次第を話したが、結局理解してもらえなかった。

体も心も、私は打ちのめされている。あらゆる犯罪が私に対して犯された。家族にも拒絶され、この社会のどこにも私の居場所はない。
この国の中で戦っている片方のフツ族反乱軍に私は強姦され、それからもう片方のツチ族政府軍にも強姦された。
ではいったい誰が私のために戦い、私を救ってくれるというのだろうか。

(略)
戦争や紛争の中で敵からも味方からも暴行を受け続ける女たちや子供たちにとって「国家の正義」や「大儀」など存在しないし、そんなものは関係ない。ソマリアの証言者からは、国連平和維持部隊による性犯罪の報告もあった。(後略)



…「慰安婦」被害者への謝罪要求の背景にあるのは、こういった発想であり、経緯であるという、補足。
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ユーザータグ:  日本軍性奴隷制問題
[ 2008/08/28 21:00 ] 自爆史観 | TB(2) | CM(2)

ジョージア? グルジア?   No. 5015

すいません。この記事のジョージアとはグルジアのことですよね。
英語だと一緒ですが、ジョージアというと日本ではアメリカの州を意味してしまいます。

グルジアを含むコーカサス地方も、旧ユーゴなどのバルカン地方も、多数の民族がひしめき合い、宗教も東方系のキリスト教やイスラム教徒などに分かれているという点で似ていますね。

たぶん、竜を退治した伝説があるセント・ジョージが名前の由来で、両者には直接の関係はないと思いますが。
[ 2008/08/29 00:15 ] 5xkAihd.[ 編集 ]

   No. 5019

>かつさん

ご指摘ありがとうございます。それで意味が通りました。
実は、なんでジョージア???とは、思ってました(^^;
解らない箇所があるから公開するのは控える、では、一歩も進めなくなってしまいますので、多少変かなと思う箇所があっても公開してしまっております(^^;;;;

今後とも、どうぞよろしくお願いします。
[ 2008/08/29 12:23 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

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