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日本が「第三国定住」難民を受け入れ 

 ネットでニュースを見て回っていると、気になる単語が目に入ってきた。
毎日新聞 2008年8月25日11時22分付の、ある報道にあった「第三国定住」。
気になったので、報道をお持ち帰りしつつ、ひとまず調べた色々をメモ。

 以下、引用。

 政府は、紛争などで他国に逃れた難民が別の国に移住する「第三国定住」難民を受け入れることを決めた。(略)これまで日本はインドシナ難民を特例措置として受け入れた以外は、国外の難民の入国を拒んできた経緯があり、難民政策の転換と位置づけられそうだ。

 第三国定住は、紛争などで自国に帰れない難民を、欧米などが中心となって安定した生活を送らせる手段。現在の出入国管理・難民認定法は難民認定の可否を日本国内で審査する形を取っており、国外で暮らす難民を受け入れる前提がない。第三国定住はこれと異なり、現在の生活地で行う面接などで審査できる。(略)

 日本が受け入れれば、アジアで初の受け入れ国になる。(略)

 政府が「第三国定住」の受け入れに乗り出した背景には、国際貢献の一環として難民の積極的受け入れを求める声の高まりがある。(後略)

…なるほど。
「安定した生活を送らせる手段」あたりの表現が気になるが、「国際貢献の一環として難民の積極的受け入れを求める声の高まり」に応じて、国連人権理事会の理事国たる日本は、難民になってしまった人達を受け容れる方針に切り替えたらしい。

 しかし。
実は、この報道のタイトルはこんなだったりする。
ミャンマー難民:「第三国定住」の30人前後受け入れへ

…略した箇所を中心に引用し直してみる。(強調などは引用者による、以降も同じく)

(略)
 早ければ10年度にもタイで暮らすミャンマー難民を数家族・30人前後受け入れる。今後、ミャンマー難民の受け入れ数をさらに拡大するほか、ミャンマー以外にも対象を広げる方針。(略)

 07年に日本政府に難民認定申請した816人のうち、約6割に当たる500人が軍事政権下のミャンマー人。第三国定住を認める対象としてミャンマー難民が選ばれたのは、日本に移住を希望する声が大きいことが背景にありそうだ。(中略)国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、タイに逃れたミャンマー難民は国境付近の9カ所の難民キャンプで約14万人がいたが、第三国定住による移住者が6月までに3万人を超えた。このうち2万人以上を米国が受け入れたほか、オーストラリア、カナダにも移住している。(略)

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のまとめでは、先進諸国の07年の難民認定数は、米国1万7979人▽フランス1万2928人▽英国7866人などと比べ、日本は41人。内外の人権団体などからも「日本の取り組みは消極的」との批判は少なくない。

 UNHCRへの拠出額をみれば、日本は米国に次いで2番目に多く、難民問題に理解がないという指摘は必ずしも当たらない。ただ、治安の悪化を懸念する向きもあり、積極的政策が取りづらい状況にあるのも事実だ。(後略)

………いろいろとクリアしないといけない難関があるだろうし、急激に沢山は無理なのはわかるが、30人というのは凄い。


 関連報道を探すと、今日付で報じているのが毎日しか見当たらず、他には朝日が7月末に報じていた。

 asahi.com 2008年7月24日3時6分付
難民「第三国定住」導入へ 10年度にも30人前後 (リンクが切れているので、グーグルキャッシュより引用)』より、

(略)
 日本は81年に国連の難民条約に加入したものの、受け入れ数は年間数人~数十人程度。数万人単位で受け入れている欧米諸国などからは「難民支援にカネは出すがヒトは入れない」と批判されてきた。一方、第三国定住制度を導入している米国や欧州などの14カ国は07年、ミャンマー(ビルマ)やイラクなどからの難民約7万5千人を受け入れた。(略)

 現在の難民認定制度は、すでに来日した人が認定を求めるために「不法滞在者らによる悪用」も多いとされ、認定されない割合も高い。これに対し、第三国定住制度は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が推薦する難民が対象で、日本としては難民認定の作業が容易になる。さらに、日本の担当者が現地に赴いて面接するため、財産もなく隣国に逃げて来て、審査のために来日するのが不可能な人たちを受け入れられる。(略)

 関係省庁の中には、治安面から慎重な意見もあったが、少人数から試行的に始めることで基本的な合意に達した。(後略)



 どうも、何か引っかかると思ってさらに調べる。
RAFIQ WEBSITE (在日難民との共生ネットワーク)の第三国定住関連のコーナーより。

(略)「難民とともに暮らせる街に」をテーマとして、難民支援活動を続けているRAFIQとしては、難民の受け入れが拡大することは非常に喜ばしいことです。
しかし、その受け入れ以前より、庇護を求めて来日し、難民申請をしている人たちにも同じように受け入れ、支援策を講じてほしいと思っています。
彼らについてはいまだに政府は答えを出しきっていません。19年度の難民認定者数は41人と相変わらず二桁前半の数字。
RAFIQの周りにいる難民申請者は一度は不認定され、異議申し立てをしている難民たちばかりです。

難民の「第三国定住」政策がどう向かうのか、しばらく様子を見つつ、日本にも難民申請者がいることを以前にもまして声をあげていかなければならないと思っています。
皆さまにも関心をお持ちくださり、この問題を注視してくださるようお願いします。(後略)

…ここに、朝日新聞の7月24日付報道の解説もあった。

 このサイトは、ちょっと文章が分かり難いのだが、

現在の難民認定制度は、すでに来日した人が認定を求めるために「不法滞在者らによる悪用」も多いとされ、認定されない割合も高い。

については、来日した人が

実際は、難民認定制度を知らないで、正規のビザで入国しても、国に帰れないためにオーバーステイ状態になっている人たちが多いことや、難民認定制度を知ることができるのは、入管の窓口ではなく、支援者・支援団体やや収容された時に同室の人や面会に来た支援者によるものが多いのです。

そして、申請してから認定・不認定の結果が出るまでが長く、不認定の結果が出ても、国に帰れない状況は同じなので、異議申し立てや裁判が行われますが、その期間も長いのです(その期間は、法務省の言う「不法滞在」状態にあります)。それらに耐えうる人のみがようやく認定されたり、在留特別許可されたりする現状です。

長期間の不安定な立場で、難民自身の体の調子や、母国に残した家族の状況の変化に耐えられずに自主帰国する人も過去にはあったのは事実ですが、これを「不法滞在者らによる悪用」と政府が受け取っていることにもっと事実を言及してもらいたいと思います。

ということだった。

 そして、さらに不思議な話もあったのでお持ち帰り。
YUZO'S PHOTO WORLD BLOG II」の2008年7月25日付「<消えた「ミャンマー難民情勢」のページ>」。
外務省HPにあった、最後の更新日が「平成13年9月」だった「ミャンマー難民情勢」のページが、この時点で消えていたそうな。
そちらのブログ主さんが今年2月に保存して置いたという「平成13年9月」付の「ミャンマー難民情勢」を、主だったところを引用。

1.概観

 ミャンマーでは、政府の民族政策及び、経済的苦境を原因として多くの難民が発生しています。ミャンマー東南部では少数民族であるカレン族と国軍の戦闘が続き、多くのカレン族難民がタイへ流出しています。また同時にミャンマー国内タイ国境地域においても、多くの国内避難民が存在していると見られます。一方、ミャンマー西部、バングラデシュ国境から、ロヒンギャ難民と呼ばれる人々が1991年から92年に大量に流出しました。その後ミャンマーへの帰還が進んだものの、依然としてバングラデシュには約21,600人のロヒンギャ難民が存在し、また約23万人の帰還民の再定住支援も重大な問題となっています。

2.難民発生の背景

(1) カレン難民の場合
 ミャンマーは約135の民族からなる多民族国家であり、独立後、国軍と一部の少数民族の間で戦闘が続いていました。1980年代前半に国軍がカレン族居住地域に大攻勢をかけたことから、大量のカレン難民の発生が始まりました。1992年に軍事政権は少数民族武装勢力への攻撃を停止し多くの少数民族と停戦合意したものの、カレン民族同盟(KNU)とは停戦合意できませんでした。カレン族居住地域においては政府側による強制移住・強制労働が行われている模様で、現在もタイとの国境付近には多数の人々が避難生活をしており、今後もタイへの難民流出は続きそうです。

(2) ロヒンギャ難民の場合
 旧英領時代に沢山のイスラム教徒たちが、ミャンマー西南部のラカイン州に移住しました。独立後、同国政府はこれらの人々を自国の民族として認めず、移動の自由について一定の制限を課しました。1978年3月に当時の社会主義政権が国境付近に居住する不法移民を排除するためと称して、大規模な住民調査を行った結果、22万5千人が処罰を恐れてバングラデシュへ避難しました。その後、国際社会の支援により、また両国政府の合意もあり、約18万人が帰還しました。しかし、1991年3月頃に再度バングラデシュへ25万人の難民が流出し、一時難民数は25万人を超えました。

…7年前の状況を公開しておけない事情が何か発生したのだろうか?

 「YUZO'S PHOTO WORLD BLOG II」のブログ主さんは在ビルマのフォトジャーナリストでいらっしゃるそうだ。ブログには長井健司さんの記事もあった。


その他メモっておく情報;
ビルマ情報ネットワーク、およびビルマ問題入門

・ヒューライツ大阪8月2日付、「ミャンマーの人権問題に関するキンタナ特別報告者が、ミャンマー入り
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[ 2008/08/25 20:00 ] 四方山話 | TB(0) | CM(3)

うさんくさい・・・   No. 5002

興味深いエントリーをTBしてくださって、ありがとうございます。

なんだか、全体にうさんくさいものを感じるのは私だけでしょうか?
[ 2008/08/25 21:52 ] Tk1SCyj2[ 編集 ]

   No. 5003

コメント&情報ありがとうございます。

「第三国定住」難民受け入れの方針、実は「難民」内の差別化、階層化を進めていく意図じゃなかろうかという懸念を感じますね。正規滞在者と「不法滞在者」の間につくられてきたような。
RAFIQのサイトで書かれているような声を、前にも増してあげていかねばと思います。

それにしても、消えた外務省ページ……。
う~ん、何があったんでしょう。なんか、不気味です……。
[ 2008/08/26 00:08 ] z/AVyrZM[ 編集 ]

   No. 5004

>gegengaさん
>全体にうさんくさいものを感じるのは私だけでしょうか?
<
いえいえ。
少なくとも、私も、うさんくさいものを感じましたので、エントリにしちゃいました。わざわざ「アジアで初の受け入れ国」と報道にかいてあっても、「19年度の難民認定者数は41人」より少ない。。。



>仲@ukiukiさん
>「難民」内の差別化、階層化を進めていく意図じゃなかろうかという懸念
<
「日比経済連携協定に基づくフィリピン人看護師・介護福祉士」なんて話もありますよね。
「留学生受入れ10万人計画」って話もありますよね。

今度は、「第三国定住制度は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が推薦する難民が対象」って話ですよね。
なんだか『「難民」内』だけの話じゃないかも、という懸念も感じます。


>それにしても、消えた外務省ページ……。
>う~ん、何があったんでしょう。なんか、不気味です……。
<
なんなんでしょ?
とりあえず話をお持ち帰りして、人目に触れるようにしたら、誰かが何か教えてくれるかも、と。
[ 2008/08/26 12:47 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

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