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歴史修正主義者とか「右でも左でもない」人とか 

demianさんの「Demilog@はてな」の8/25付日記『mixiである人が「ネット右翼」について考えるコミュニティを立ち上げたと告知したところ』がとても面白かった。なんでも、告知の後『「自称中立」の人がやってきたり、しまいには歴史修正主義の人がやってきて宣伝をはじめていた』のだとか。
そこから、demianさんの考察は歴史修正主義におよび『Wikipediaの「歴史修正主義」の項目は面白い』との紹介があった。早速訪問してみると、本当に面白かった。
特に、この項目;

「科学的証明と裁判的証明のダブルスタンダード」

一つの主張の中に科学的証明法と裁判的証明法を混在させ、より有利になるようにその都度証明法を選択すること。

* 通常科学的証明においては、一定期間内に必ず結論を出さなければならない制約を課すものではないため、研究者がデータを研究しその結果「あるものはある・ないものはない・わからないものは(現時点では)わからない」との推論を下すことが要求されるのみである(例:地球外生命体が存在するか否かは不明である=否応どちらの決定的証拠も未発見である)。ただし推論に関しては反証可能性をもたせ、追試により他の検証を受けはじめて証明と公認される。

対して、

* 裁判的証明では、裁判は一定期間に必ず結論を出さなければならない制約が存在するため、一方に証明責任を課し立証できなければ証明責任のない側の主張を事実とし、有効性を認めることが行われる(例:犯罪の証明ができない場合、無罪とする、疑わしきは罰しない)。

通常、歴史学においては実証的証明が使用される。その中である通説を否定するためには十分な検証が課せられるのだが、修正主義においてはその検証をせず、裁判的証明に切り替えて否定を行う。つまり通説の矛盾点を提出し、それが完全に証明されない限り通説は無効であると主張するのである。いかなる歴史学的通説も完全に無矛盾ということは有り得ないのだから、このレトリックを悪用すれば、全ての通説を安易に否定することが可能になる。そのため歴史学においては裁判的証明は有効な議論とは認められていない。
 (この両論の立場が、衝突するのが、たとえば「埋葬者記録数の不一致」を言及して大虐殺の規模と信憑性を否定する、中世暗黒時代(江戸時代含む)という評価を否定する、元寇に於ける神風(台風)を否定する{要出典}などである)

もっとも歴史は自然と違って繰り返さないから、追試することはできない。従って科学的証明に比べると歴史的証明度はデータを重視しながらも、推理や直観を多用したものにならざるをえない。例えば証言は科学的証明では証明要素となり得ないが、歴史証明ではなりうる{要出典}という説がある。データを反復して取ることができない以上、証言という弱い証拠でも根拠として採用しなければならないからである。しかし証言は全て信頼できる訳でないから、取捨選択したり欠落部を補ったりする必要があり、そこには推理という主観が忍び込む余地が大きい。

それを指して「歴史学と言えども主観的ではないか」という批判が右派からなされることも多く、彼らによれば従軍慰安婦の証言なども所詮主観的だから証拠として採用するわけにはいかない、と言う事になる。しかしながら、歴史学における証言とはそのように浅薄なものではなく、その証言の論理性、周辺事実とのマッチングなどの検証を経て証拠としての有用性がランクづけされる精巧なものであり、充分に証明の助けになるのだ、とこの場合、慰安婦問題を問題視する側の歴史家サイドは反論している。

(注: ただし原則的に、歴史学でいう実証とは物的資料によるものを指し、資料解釈が属人的に変化するものを認めてはいない。)


(注;歴史学での証言の取り扱いについては、参考URLをエントリー末尾に紹介)

…この箇所にとりわけ注目したのは、以前に「歴史的事実、裁判所の事実認定って? 」と頭を抱えていた一件がある為だ(何ヶ月経っているんだというツッコミがどこかから聞こえてくるかも…)。その、頭を抱えていた件については、きっかけであったやりとりが「事実認定」というよりその議論に参画している人達の「事実認識」を確認しあっているのに、事実認定がどうこういう言葉が飛び交っていたため傍観者(私)の混乱を招いたという認識には結構前に至っていたのだが、そこから考察が進まなくて文章としてまとまらなかったのだ。
この辺りの認識になんとか到達したのは、ほっけさんの「Apeman氏らが行っているのは事実認定作業ではない」に納得したから。(その記事でリンクを貼ってくださっている『トンデモ「研究」の見分け方・古代研究編』も大いにウケました。日本の近現代史版が欲しいぐらい。)そして、そこから考察が止まってしまったのは、じゃあ「歴史的事実」と「歴史学的事実」は違うのかなどと、余計な疑問が湧いてきたからで、、、この辺はまだ整理がつかない。


それはともかく、demianさんの記事の話に戻ると、追記部分に以下のような記述があった。

思考停止型権力の飼い犬ワンコ主義+人種差別主義+性差別主義や歴史修正主義にコミットしながら「わたしにはなんのイデオロギーもございません」みたいなことを書いている人を見ると頭が痛くなります。それなんてコント?


…私も「右でも左でもない中道」と名乗りつつブログ主&常連に反対意見を述べにコメント欄に入ってくる人物を見かけると、笑いのスイッチが半押しではいる今日この頃であるもので、思わず同意しつつ爆笑した。とはいえ、わたしの訪問先でdemianさんのコメントを見かけたことはなかったように思うのだが、そんなにどこにでもいるのだろうか、kuronekoさんの「日の丸・君が代を否定する超国家主義」のコメント欄でいじられていたような人は(その他の派生記事「小悪魔の戦後史」「『ネットウヨ』さんいくつかの特徴」)。
…なんて笑っていたら、ほっけさんの8/29付エントリー「秦教授の経験について確認」を読んで、さらにツボにはまってしまった。
曰く「秦教授が、いわゆる自称中立の錯誤に陥っている一例ではないか、という話」「実際に秦教授が南京事件等で自認している言葉では『中間派』」
…いえ、だからどうという結論を書くつもりはありませんから(笑)。


注;歴史学での証言の取り扱いについては;
「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件」口頭弁論での吉見義明氏による鑑定証言より、『被害者の「証言」、オーラルヒストリーについては、欧米では学会もある。60年代から70年代に研究が進み、オーラルヒストリー協会ができていった。いまでは歴史学になくてはならない存在になっている。文字、記録をもたない、弱者、少数者、女性など、記録を残すことができなかった人たちの証言、オーラルヒストリーは必要不可欠だ。欧米では確固たる地位をもっている。』

「脱ゴーマニズム宣言裁判を楽しむ会議室」上杉聰氏の書き込みより、『証言とは、このように、それ自身が証拠の一つであり、そこには勘違いや嘘などが入り込む弱さもありますが(その点は、書証でも偽文書などの問題が起こります)、もしそれが表す豊富な事実や人々の秘めた思いなどが欠けてしまえば、歴史は巨大な空白を残してしまうという大変に重要な位置を持っていることが自覚されてきたのです。裁判においても証人は、書証・物証などと並んで位置づけられる証拠の一種類に数えられています。「証言は証拠にならない」という主張は、こうした歴史学や裁判での証言の価値の大きさを無視するものです。「証言は証拠」なのです。(中略)ある証言が他の物証・書証・証言と矛盾や対立しない場合は、それ自体が一つの証拠となります。さらに、その証言者と異なる立場にいたり、証言者と無関係な位置にいる人からはっきりと同じ証言が得られる場合、その証言は決定的な証拠となります。(中略)「慰安婦」問題をこの社会から抹殺したいと願っている人たちが、吉田証言や元兵士の証言を、「証言は証拠にならない」と言い続けている理由はここにあります。(客観的に見て)加害の立場にいた人と被害の立場にいた人との証言が一致すれば、事情をよく知らない第三者の目撃証言より証拠能力は高いのです。(後略)』


↑に関係ないけどおまけ;
何となく探し出してみたけど、残念ながら「右でも左でもない」要素がなかった、懐かしのコメント欄盛り上がりエントリー。
kuronekoさんので「疑問点 を氷解させる合意形成
うちゃさんの「Non-Fiction」で「匿名の卑怯者を擁護する人たち(中学生をなめるな)
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ユーザータグ:  日本軍性奴隷制問題
[ 2007/08/31 00:00 ] 四方山話 | TB(3) | CM(17)

   No. 1936

>自称「右でも左でもない」人

これは、自分さがしをしているのだと思います。
平凡な日常の中で、偶然知った小林よしのりや「なかった」派の主張に興味をもち、自分なり色々な立場の主張を調べていった結果、特に政治的ではないけど「慰安婦はなかったと思う」ようになる。

つまり、全ての行動が自分的にどうかで決められるから、傍から見て思いっきり政治的になっていると気づかない。
これは、自己啓発セミナーや霊感商法や新興宗教にはまる人と同じルートを辿っています。
[ 2007/08/30 18:52 ] 5X5MRA9A[ 編集 ]

フランスに「私は右でも左でもない。その反対だ」というジョークがありまして   No. 1937

知性の花園を侵略するネトウヨを振り払う優雅で高貴な守護女神☆魅惑の純碧天使
>碧猫お姉さま

国会議員名簿作りという実務的作業を放り出してネトウヨコメント分類学研究に走りたくなる(笑)記事ですね。名簿作りが一段落したらまたするでしょうけど。爆

あ、私もちょっとした歴史認識研究(ネタともいう)を近々発表するつもりです。(謎)

「右でも左でもない中道」と名乗りつつブログ主&常連に反対意見を述べにコメント欄に入ってくる人物の真実をあばくために私も碧猫お姉さまに及ばないながらも努力したいと思います。(^^;;
[ 2007/08/30 18:53 ] 6fyJxoAE[ 編集 ]

あぁそういえば嫌韓流3が発売でしたね   No. 1938

軽く立ち読みしてみましたが、従軍慰安婦の項目はまんま「コモリン古森記者の記事のコピー」でした。やれやれ。

>これは、自己啓発セミナーや霊感商法や新興宗教にはまる人と同じルートを辿っています。

http://inaiinai.blog27.fc2.com/blog-entry-131.html
http://nspzyouinao.blog111.fc2.com/blog-entry-11.html

元ネタ
http://d.hatena.ne.jp/blackseptember/20070823/1187862698

参議院選挙で維新政党・新風の得票数が170,515ですから国粋馬鹿愛国心が強いなら十分可能なはずですけどね。南京の真実製作費用にも困らないでしょうに。
[ 2007/08/30 20:24 ] SFo5/nok[ 編集 ]

   No. 1939

>そんなにどこにでもいるのだろうか

歴史認識とは少し違いますが、マルチ商法批判系の掲示板では時々自称「マルチ商法の肯定派でも否定派でもない」人が現れます(最初にそう名乗る)。
で、そうやって現れた人はほぼ確実に肯定派だったりします。
だからその手の掲示板では自称「中立派」=「肯定派」というのが共通認識になってたりします。
この手の自称「中立派」は自覚的である場合も多い(無自覚の人もいますが)ので無自覚の場合が多い歴史修正主義系「中立派」とはちょっと違いますけど。

中道・中立=偏ってない・公平=良いこと=他者への説得力が増す、みたいな単純な思い込みや右・左=イデオロギーに対する異常な拒否反応がいろんな分野で「中立派」が現れる原因なんでしょうね(そもそも自分の立ち位置を客観的に評価できるほど知識がない場合もあるでしょうが)。

Apemanさんのところで山本弘氏が批判されていたり(http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20061206)、右も左も批判していた某大学助教授(本業はまともっぽい人)が靖国問題ではどっかのコピペから持ってきたような論で首相の靖国参拝賛成していたのを見たことがありますので、意外と引っかかりやすい罠みたいな側面もあるのかもしれません(自戒を込めて)。
[ 2007/08/30 21:12 ] rndiGdl6[ 編集 ]

右や左の檀那さま   No. 1940

あたし、右にも左にもなれるおちゃら系ブログ、を目指しています。
[ 2007/08/30 23:23 ] VWFaYlLU[ 編集 ]

すみません、出張中なんで遅くなりました   No. 1941

>人生アウトさん
>全ての行動が自分的にどうかで決められるから、傍から見て思いっきり政治的になっていると気づかない。
>これは、自己啓発セミナーや霊感商法や新興宗教にはまる人と同じルートを辿っています。

はて、それは「自分で」決めているのでしょうか?(笑)
人に決めてもらうのに慣れすぎているのは、学校化社会の弊害かなと某書の影響で思ってみたり(某書=サヨナラ、学校化社会・上野千鶴子著)。手持ちの材料がないのに、相手に優位に立ちたい。その為の権威づけの材料の選択肢だとか。


左右を問わないネットアイドル☆地上に降りた輝ける明星☆暁暗とネウヨの闇を切り裂く玲瓏たる白き翼☆純白天使の麗しき美人秘書☆
>村野瀬玲奈御姉様
>歴史認識研究

名簿作成お疲れ様です。
歴史認識研究、、、証言の検証ですね(笑
さっき、追加調査を観光敢行いたしましたのでご報告に伺います。



>名無しさん

何かとらぶってるらしい様子ではあったものの、原因の方の文章って、イセザキさんやよーめんさんや独り言の博士よりも私には気持ち悪くて野次馬根性がお出かけしてしまって、何が起こっているのかさっぱり知りませんでした。
なんか大変そうですね。関わった方が「勉強料」とでも思ってくれればいいのですが、きっと無理でしょうね。



>MKMさん
>中道・中立=偏ってない・公平=良いこと=他者への説得力が増す、

歴史認識関係で出てくる人も、政治・教育関係で出てくる人も、中道・中立という自称を、無自覚に権威づけとして使っている様子は感じますね。だから笑うんですけど。
でも、つい、「左ってなんですか、番号訊いてもいいですか」とボケたくなるので、自戒をこめて注意したいとは思います。ジェンフリ軍団にも入団しているので間違っても右じゃないような気はするものの、左といわれてもピンと来ないのが困りものですが。



>kuronekoさん

わたくし、なんとかいう政治的立ち位置判定ソフトには、なんだか左の端っこに立たされてしまいました(^^;
でも、エライ人の悪口を言えない全体主義とか、メディアに顔を出す要職は結局オッサンばっかりの某共産主義(?)政党のそういうとことか、嫌いなんですけど。
[ 2007/08/31 23:45 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

   No. 1942

某書は以前読んだのですが、面白かったですね。
フーコーが『監獄の誕生』の中で言う「軍隊と監獄と学校と工場と精神病院(※)」が人間を従順につくり変える原理を、エリート選別のために過酷に序列化したものが『学校化』と感じます。
(※当時の時代背景、における)

そこでは人は、「17番か16番か15番か」「240番か241番か」といった(背)番号づけられた階段に強制的に乗せられて、他のどこにも行くことができない。
[ 2007/09/01 05:37 ] 5X5MRA9A[ 編集 ]

いまだかつて   No. 1943

「右でも左でもない」と自己申告した人が「右でも左でもなかった」ケースを見たことがありません(笑)
あと、個人レベルの思想の偏りと、メディアの偏りを同じと考えてる人って多いんでしょうか? どちらにも偏らない意見”だけ”を報道しているメディアというのは「右と左のどちらにも偏っていない」のではなく「真ん中に偏っている」ということなのですが。
[ 2007/09/01 10:27 ] 9fUrC8Yk[ 編集 ]

ルイ・アルチュセール   No. 1944

はじめまして。bat99さんのところから来ました、パウミーロと申します。
「右でも左でもない」という人に対する批判としては、アルチュセールの言った次の言葉だけで十分でしょう。
「自らをイデオロギーと称するイデオロギーは存在しない」。
「自然な考え」なるものは存在しえません。なぜなら、「考える」時点で既に「自然」ではないからです。
[ 2007/09/01 14:41 ] rPIJXCiE[ 編集 ]

   No. 1945

>中道・中立という自称を、無自覚に権威づけとして使っている様子は感じますね。

「不偏不党」な人たちの「中立」振りを見ていたら自称「中立」なんてなんの権威にもならないような気がしてくるんですけどね(にもかかわらず、自称「中立」な人たちが「不偏不党」な人たちを偏向していると攻撃している例を良く見る気が)。
[ 2007/09/01 18:26 ] rndiGdl6[ 編集 ]

   No. 1946

>人生アウトさん
某書にあった「学校とは元もと階層差のある子供達を元の階層に再生産するための装置」の記述には衝撃を受けつつ納得しましたよ。「この選択肢の中で選びなさい」と提示されて、その枠内でしか選べない人の多いこと。うっかりすると、有りもしない枠で自分の周りを囲ってみたり。その選択肢や枠が、そもそも間違っているのではないかとは疑いもしないのが不思議です。



>うちゃさん

自己評価と他者評価は一致しないことがしばしば。でも、自分に向き合ってくれる他者の反応をそれなりに見ていれば、(自己評価と違っていても)自分は相手にはこう見えるらしいという像はある程度把握できるものでしょう。
自分に関わる他者の反応を見ることができない人達だから、面白いことをしてくれて、いじられて面白がられててもさらにやらかしてくれるのか、と。



>パルミーロさん
>「自らをイデオロギーと称するイデオロギーは存在しない」
>「自然な考え」なるものは存在しえません。なぜなら、「考える」時点で既に「自然」ではない

ようこそ。
自分の意見をこそ「自然」と主張するパターンも、そういえばよくありますね。「自然」が「普通」の場合も。
そして、自分の意見は「イデオロギーではない」けど、自分に反論するヒトは「イデオロギーでの意見」。
私は、面倒なのでコメント欄の議論に積極的に関わる気はありませんけど、、、その点を指摘してもあっさりスルーされそうですね。



>MKMさん
>「不偏不党」な人たちの「中立」振りを見ていたら自称「中立」なんてなんの権威

本当に「中立であること」に権威があると信じて振りかざしているなら(多分そうなのだと思っているわけですが)、その時点でアウトですよ。権威は(権力と違って)受取手側の問題なのですから「王様は裸だ」と認識された時点でおしまい。相手にその権威が通用するかどうかを計らずに権威に頼るあたり、相手を見ていない、あるいは客観的な自己評価が皆目できないか。だから笑ってるんですけど(しつこい…笑)。
[ 2007/09/02 10:34 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

わかりにくかったかな   No. 1949

「不偏不党」な人たち=マスメディアです。
マスメディアの当事者は「不偏不党」なんて建前だと思っているかもしれませんが、それを世間から(少なくとも建前としては)要求されています(偏向報道とかいって良く叩かれますよね)。要するに日本における最大の自称「中立派」はマスメディアだということです。
そして少なくとも今現在、報道の世界という影響力の大きい世界においては"「中立であること」に権威がある"という状況だと思います。
こういう部分が自称「中立派」が現れる一因になってるのではと思っているのです。

そんな中で、「不偏不党」という自称をしている人たちを偏向しているという非難をする人たちが「中立」を自称するなんていうのは、自分も偏向している可能性があることに気づいてなくて笑える。
という話だったんですが圧倒的に言葉足らずだったようです。申し訳ありません。

それはともかくマスメディアが中立を自称しなければならないものなのかということは考えてみなきゃな~、なんてことを思ってたりします。
[ 2007/09/02 16:06 ] rndiGdl6[ 編集 ]

自称していたんですか?!   No. 1950

>MKMさん

ピンと来なくてすみません。
マスメディアが中立を自称していたと認識していませんでした(ぉぃぉぃ)。
だって、産経でしょ、読売でしょ、中立のつもりであーゆー言論活動をやっているとは夢にも思ってませんでした。すみません~。


…はてな方面、お疲れ様でした。
[ 2007/09/02 18:24 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

不変不当   No. 1951

放送法の第一条で、放送の不偏不党が表現の自由のための要件として課せられています。
一種の原則目標として、放送が不偏不党であることによって表現の自由が保たれる、というものですね。
だからこそ、NHKの慰安婦番組に圧力をかけたのは、放送の不偏不党と表現の自由を自称する守るためなのです。
もちろん、偏向番組を攻撃するのはメディアリテラシーです。

一方産経新聞は、70年頃から「不偏不党が通じるほど日本は安泰ではない」という路線を明言するようになりましたが、古森記者が「朝日新聞は不偏不党ではないキイキイ」といった記事を書いたりするところを見ると、ナンジャラホイ。
[ 2007/09/02 19:17 ] 5X5MRA9A[ 編集 ]

はじめまして   No. 1955

TBを頂いたようでやってまいりました。
碧猫さんのブログはよく読ませていただいております。
目下心身ともにコンディション不良のためほとんどどこにも書き込みなどしていないのですが、南京問題や慰安婦問題は気になるので碧猫さんやApemanさんのブログで勉強させてもらっています。

今回の碧猫さんのエントリももちろんのことコメント欄のみなさんのご意見も鋭くてこれまた勉強になります。

自分が思うのは「中立」だとえらいとか正しいような錯覚に人は陥りやすいのかな、とか自分の中にある価値観なり物事への対し方の傾向にはよく目を向けたほうがいいなあといったことです。

パルミーロさんが紹介されたアルチュセールの言葉はまさにその通り!と思います。

ところで某政治的立ち位置判定では思いっきり左の方でしかもかなり下のほうにプロットされてしまいました(http://d.hatena.ne.jp/demian/20050423/p1)。こうなるともう開き直るしかないのでございました(笑
[ 2007/09/03 01:34 ] yl2HcnkM[ 編集 ]

   No. 1956

>人生アウトさん
>偏向番組を攻撃するのはメディアリテラシー

というと、例の奴ですね!
ttp://medialiteracy.blog76.fc2.com/blog-entry-204.html


>70年頃から「不偏不党が通じるほど日本は安泰ではない」という路線を明言

その挙げ句にネトウヨの同人誌。不偏不党の方がまだマシでしたね。



>でみあんさん

ようこそ。いつもご訪問ありがとうございます。
そして、思わずこれはぜひとも他の人にも紹介したいと思わずにはいられない面白いエントリーをありがとうございました。
右とか左とかの枠組みに振り回されたくはないのですけど、傍目にはどう見えるかはできるだけ客観的に自分を計りたいものですよね。

>「中立」だとえらいとか正しいような錯覚に人は陥りやすい
>某政治的立ち位置判定では思いっきり左の方でしかもかなり下のほうにプロット

そういえば、とある「河野談話白紙撤回署名」賛同ブロガーさんが、某政治立ち位置判定で中道にプロットされたと、なんか嬉しそうに自身のブログに書いているのを見たことがあります。
だからって偉くなる訳じゃないのになぁと、生温かい視線になってしまったもので(^^;
[ 2007/09/03 02:18 ] fYTKg7yE[ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます   No. 1966

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[ 2007/09/03 19:36 ] [ 編集 ]

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