岩波訴訟の控訴審が25日午後に大阪高裁で始まるそうだ。
沖縄タイムス2008年6月25日(水) 夕刊 5面、 『
史実確定へ全国で動き/「集団自決」控訴審開始』によると、
(略)
県内外の歴史研究者や被告支援者たちは「高裁で真実を決定づけてほしい」と期待を込めた。
(略)
沖縄戦研究で知られる琉球大学の高嶋伸欣名誉教授は「裁判官がまっとうなら、結論はひっくり返りようがない。むしろ高裁が司法の独立を守れるかがポイントであり、法廷審議をチェックしていきたい」という。
一方で、「原告らが裁判を続けるおかげで、この問題への全国的な関心を維持できる。沖縄の人たちはそのぐらいのたくましさで見守ってもいい」とも語った。
(以上、および以降、強調等は引用者による)…ということなので、関心をもってますよーと示すためにエントリを上げた次第。
ちなみに、2008年6月15日付琉球新報の 『
牛島司令官、千早隊に「遊撃戦」命令 米国で「訓令」発見』によると、
旧日本軍の沖縄守備隊第32軍の牛島満司令官が、沖縄戦終結直前、鉄血勤皇隊の情報宣伝隊(千早隊)の隊長に、組織的戦闘終了後も奇襲などをする「遊撃戦」により戦闘を続けるよう命令する「訓令」の文書がこのほど、米国国立公文書館で見つかった。(略)大田平和総合研究所主宰の大田昌秀氏が発見した。当時、千早隊隊長が隊員に対し同様の命令をしており、大田氏は「現場の隊長の一存で命令が出たのではなく、軍隊の縦の関係の中で命令が出たことを示す貴重な資料」と話している。(後略)
とのこと。一審時点にはなかった資料まで出てきたようだ。
こちらもついでに。
沖縄タイムス2008年6月11日(水) 夕刊 5面 、の 『
警官が偵察活動従事/沖縄戦下の本島北部』によると、
沖縄戦で日本軍がゲリラ戦を展開した本島北部で、軍に協力した警察官たちの行動を記した日誌の英訳資料を、関東学院大学の林博史教授が米国立公文書館で見つけた。警察官が偵察活動や米軍への破壊活動に従事したほか、住民への宣伝活動を行ったことも記されており、警察官が軍と住民の間を行き来して秘密戦を支えていた構図が浮かび上がった。
(略)
林教授は「現場の警察官たちは要綱を忠実に実行し、軍の手が回らない部分を埋め合わせていたことがうかがえる。秘密戦の一端を具体的に記録した貴重な資料であると同時に、根こそぎ動員で秘密戦を継続しようとした日本軍の実態をよく表している」と話している。
そう、大きな物語の共有によって、「根こそぎ動員」の意識を当時の国民全てに徹底していた時代だったはずだ。その時代に生きていた人達は、まだたくさんいるはずなのにどうして忘れられるんだろう?
…で、岩波訴訟係争中を理由の一つにしていた教科書検定は、どーなったんでしょーか???
(知ってるけどね)