」において、前者には陰謀論やニセ科学を批判する立場において留意しておくといいのではないかと評価した意見、後者には私を含む個人に対する批判(記事公開時点で20人であったはずのDoX氏のアメンバーのうち2名、および非アメンバーの個人も含む可能性がある)があったため、当該記事および箇所について公開を提案した。
のだが、前者についてはDoX氏による要約であり限定公開時の含意が消失しているように見受けられたので、「公開して多くの方に問うにたる内容と考えてらっしゃらないことは、残念」とお伝えしたところ、
「
現実は陰謀論よりバカで残酷」から、
うちゃさんから、
パンダ暗殺説(爆)
が出てるそうですよ。
http://d.hatena.ne.jp/hagakurekakugo/20080512/p1
もはやこの人たちをなんと呼んだらいいのやら。
毒デムパじゃ足りないよね
とコメントを貰ったのだが、
(いきなり死んだタイミングがおかしいって、去年退職した飼育員の人が何年も前から「そろそろ寿命なんで上野のパンダの火を絶やさないようにパンダ借りてください」ってイシハラバカチジにお願いしてたじゃねーかよ!あほか!!)
俺はそれより前にもっとすごいのを発見していた。
引用もと意向により、一部略
とそのときは笑っていたのだが、今度の四川省の惨事で
被災をさておきオリンピックを非難する
姿勢に気持ち悪くなるくらいの嫌悪を覚えた。
俺も「オリンピック開催できるか?」とは思うが、国際的なイベントで目前に迫っているということもあり、開催国の都合で予定を変更もできがたいのだろう、と「なんとか、参加国が手弁当のような形で、オリンピック開催にかかる莫大な費用を四川の地震災害救済にあてられないものか」と記事に書こうと思っていたところだが。
クサクサネチョウヨの連中は、地震災害にも中共の陰謀を唱えるのだろうか。
現実は残酷だ。
虐げられた人たちの上にさらに災難を起こす。ミャンマーや、四川で。
そして、政治家や大衆が理論や科学に基づいて行動するのではなく、利口な人々が「陰謀」と感じるよりさらに直感的で単純でバカだったりすることも悲劇だ。
たとえばイラクにあるとされていた「大量破壊兵器」
大量破壊兵器の存在の根拠とされるものが、イギリスの大学院生の論文に似ているというのは、はなゆーさんやnofrillsさんが開戦当初から記事にしていたのだが、その論は「現実的」だという人々から「バカですか?」などと揶揄されていた。
しかし、大量破壊兵器はなかったし、根拠となったものが論文の引用だったことは「事実(THE FACT(笑いごっちゃねえけど笑う)」だったのだ。
しかし、ブッシュが謝ろうと、事実大量破壊兵器が見つからなかろうと、ビンラディンに連なる人物などイラクのどこからも見つからなくても、アメリカ国民の半数以上が「大量破壊兵器はあった」「イラクは911と関係がある」と「現実に」思っている。
現実は陰謀論よりバカで、間抜けで、残酷。
イラク戦争開戦の真意を誰もが疑うけど、おそらくブッシュがイラクを攻撃したかったのも「ただイラクは悪いので攻撃してアメリカの正義で懲らしめてやりたかった」「軍需産業がもうかる」程度のことではなかったのか。
仔細な陰謀などあったら、アメリカがここまで国内を疲弊させ、市民生活が崩壊するほど原油が高騰している訳がない。
ロシアは「金持ち文句言わず」状態で原油高騰のあおりで自国内の人権侵害やチェチェンに対する人道に反する行為の非を問われることなく、与党が自国内の(そこそこ富める)国民の支持を得ているし。
科学的で論理に基づいて発言する利口な人たちにしばしば驚かされるのは、
いわゆる「大衆」や、為政者などが論理的には行動・思考しない、というのを忘れている、そしてその行動を予想しない、というところだ。
たとえば、911直後に、「アメリカ人がテロによって殺されてことに快哉を叫ぶイラクの民衆」という「象徴的な」映像が何度も何度も流された。
この映像によってイラク人に対するどのような感情が引き出されるか、イラクにどのようなことが起きるかを予想して俺は頭を抱えていたし、イラク人のリバーベンドさんも「その映像」には同様の予想をしていたと思う。
そして、公式に「大量破壊兵器はなかった」「911とイラクは関係ない」と現在公表されているにも関わらず、それは現実のものとなってアメリカ人は「イラクは911と関係がある」「報復の戦争だった」と非論理的な思考に陥っているのだが、
独善的なアメリカは911でイスラムに快哉を叫ばれて当然
とした人がいる。
なんでこんな万単位の人間が命を落とした悲惨な戦争が現実に起こった後で、「攻撃の象徴」であった行動を肯定するかなあ!
というのが俺の怒りだが、「こういう映像やこういう発言によって、どういう感情が引き出されるか」充分予想がつくのに、
主張が論理的だから、科学的だから
と、その中身を吟味することなく肯定されるべきだとされるのは論理村の理想論でしか過ぎない。
で、最近「オバカな陰謀論に加担しない知的言論」がもてはやされているわけだが、
現実のほうが陰謀論よりメチャクチャなのに、「陰謀論」をわざわざ取り上げて見下して何をしたいんだ?
と、カマヤンさんの立場を支持する所存。
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20080512#1210544323
俺もブログを立ち上げて何年かになるし、前のブログ開設当初は「イラク戦争反対派は『感情』でものを言っている、『現実的でない』」とかいくたびも揶揄されてきたが、そういうことを言っって非難してきた人たちが実際に「現実的」だったとは今になっても思わない。
(某所でしたやりとりが「この言葉や行動でこの人からどういう反応が引き出せるか予想はつくはずだ、だったら自分が引き起こしたその結果を潔く(嫌いな言葉だが)受け入れろ」とだけ言ったのに「ひどい言葉を言ったことが悪いか」に捻じ曲げられてぐずぐず言い訳されたのは非常に不愉快。だって俺「ひどい言葉」なんか全然問題にしてねーし。
http://ch02148.kitaguni.tv/e74921.html )
↑ここらへんのやりとりをみると今も昔も変わりないことをやっているようだ。
ある一点だけをとって、いつまでも「ものを語る資格」など他人に値踏みされる筋合いはない。ましてや、ブログの開設・閉鎖など誰かが指図できる類のものでなく一個人の自由だろう。あー、むかつく。
以上、改行、フォント指定その他、原文ままを移植できているはず。
引用元スクリーンショット(引用不可部分をフィルター処理済み)
1枚目、
2枚目、
3枚目、
4枚目、
5枚目。
まず、「主張が論理的だから、科学的だからと、その中身を吟味することなく肯定されるべきだとされる」とあるが、論理的であろうとしている人がそのように振る舞っていた事例は、私個人は見た事がない。しかし、もし実際に、中身が吟味されずに「論理的」な主張ーーそれは論理が破綻しているのじゃないかとも考えるがーーが肯定されているシーンがあったら、批判されてしかるべきだと考えている。
また、『現実のほうが陰謀論よりメチャクチャなのに、「陰謀論」をわざわざ取り上げて見下して何をしたいんだ?』ともあるが、現実が陰謀論よりメチャクチャであることは、陰謀論を批判的に読み解くことを停止する理由にはならない。
というような点はあっても、このエントリには「陰謀論」や「ニセ科学」批判の行動がもたらす印象を語る言論として、「陰謀論」や「ニセ科学」へ批判的な目を向けている個人にとって、今後の発話を考える上で参考になる意見だと考えた。
限定公開記事内容を「ご自由にお持ちください」と快諾いただいたDoX氏に感謝する。
ありがとうございました。
なお、DoX氏には、私が2008/04/29にアップロードしたエントリ『
既視感の「女の子」』を対象に含むと判断できる批判を、当初、アメンバー限定記事にて(後に「
知的選民階級の言論占有に抗議する(笑」として公開)
付き合いがあったときいくらでも直接指摘する機会があったのに、相手が接触を絶ってから「あのひとはああだった」と言い合ったり、
あてこすりや揶揄したエントリーを上げて「私たちは正しかった」ことをいつまでも互いに確認しあっているのは
「女の子」なんてかわいいものどころか「ネチネチイヤミババア」(笑
自己像は「女の子的なものからかけ離れたさっぱりした性質」なんだろうけど、長年野良猫氏の様な品行方星イヤミ村と戦ってきたエロガッパ星タフガイ村出身(自己申告)の俺からすると、陰湿この上ないね!
その都度「こういうのはいくねーんでないかい」って指摘すりゃあよかったじゃんかよ。俺なんか入り込むの気が引けるほどベッタリなアマゾネスごっこ遊びで付き合ってたんだし!
との内容で頂いているが、私が『
既視感の「女の子」』を4/29時点でアップした理由はそのエントリの締め部分に明記してある。そしてもう一点、この批判そのものが、批判発言者をも射程に収める発言だろう。
4/29時点でアップした理由は、一連の出来事に関し誠実な考察を続けている玄倉川さんが、もしかしておもちでない視点かもしれないと察しをつけたからだ。たまたま見かけた玄倉川さんのブクマコメで。トラックバックをお送りして、ご訪問いただいた玄倉川さんにはその旨をコメント欄でお伝えしている。
そして、そのブクマのついた記事を例に、こういう行動をする個人がある程度の頻度でいることの認識を、(玄倉川さん以外(?)の方には改めて)共有していただく事は、この、思いもかけないほど波及した水伝受容批判に始まる出来事の読み解きや、今後に起こるかもしれない似たような出来事で不本意な思いをする個人を減らす事につながるかもしれないと考えている。
でも、どうやら、こう言ったことは明記しているしていないにかかわらず、解る人には容易に解ってもらえるし、そうでない人にはずっと解りえないものの、の様な気がしきりとする。
「
HERIKUTSUなる日々」さんの「
ネットと性差。」
…まぁ、仕方のない事なんだろう。
そういえば、nagonaguさんの『
「やさしさ」の全体主義についてのメモ』コメント欄にて、
kojitakenさんがとある方に関して「女性だって今日初めて知った。だってあんなに感情的になるのって、男かとしか思えなかったから」とお書きだったのが興味深かった。kojitakenさんの経験則においては、
男性の方が感情的になるものなんだろうかと。