ハイナン島(海南島)といえば、九州ほどの大きさの島で香港の南に位置し、漢族・黎(リー)族・苗(ミャオ)族など37の民族が居住している熱帯リゾート地として知られていると聞きますが、1939年ー1945年の期間は日本軍占領下にあり、ここにも「慰安婦」被害者がいらっしゃることもまず思い浮かぶ地名ではあります(参考;
ハイナン島の侵略の歴史@ハイナンNET)。
2001年7月16日には、ハイナン島被害者8名の方が原告となり東京地裁に提訴、2006年8月30日に裁判所は被害事実を認めながら「国家無答責」と「除斥」を根拠に原告を敗訴とし、現在、高裁が開かれているわけですが、その間に原告の方はお二人
(注)永眠なさっています(参考;
裁判の経過@ハイナンNET)。なお、原告の皆様の
被害証言はハイナンNET内のこちらからや、
2007年7月16日(月)付「しんぶん赤旗」のゆうPressから閲覧できます。
そのハイナン島から、新たに元「慰安婦」の方が被害を告発なさいました。
報道は以下の中国紙が三つ。
・鳳凰衛視 2008年02月29日 17:56付で
『
海南老人王玉開公開“慰安婦”悲慘身世(圖) (ハイナン島の王玉開さんが「慰安婦」の悲惨な体験を公に)』名乗り出られた被害者の顔写真を含んだテレビ報道のネット版
・僑報 008年03月01日 03:00付で
『
海南嫗公開曾為慰安婦一生淒苦 (ハイナンの嫗が公開するのは「慰安婦」の一生が凄まじく苦しかったから)』(北京《中国青年報》)
・大公網 2008-3-2付で
『
海南88歲老婦公開慰安婦身份 (ハイナンの88歳の老婦人が「慰安婦」であった立場を公にする)』
以下、自動翻訳で読んだ
(だから間違えている可能性があります…けど、中国語は添削してもらえそうな知り合いがいないので<-無謀)大公網の記事を主に、鳳凰衛視と僑報の記述を補いながらメモ。
海南省臨高縣皇桐村の88歳の老婦人、王玉開さんが自分が「慰安婦」であったことを公にし、68年前に彼女が受けた暴行について、日本軍の蛮行を告発した。
王玉開さんは1920年に生まれ、1941年に臨高縣皇桐村に嫁いだ。日本軍が海南島を占領した後に、日本軍は皇桐村に駐屯地を設営し、王玉開さんの夫は日本軍に連行された。そして、当時妊娠5ヶ月だった若くて美しい王玉開さんも日本軍に捕らえられ、日本兵数名の強姦に遭った後に「慰安婦」となることを強制された。彼女は洗濯や炊事、掃除を命じられ、同時に性奴隷として、相前後して20数名の日本兵による輪姦に遭った。そして、体を損なって流産にいたり、その後不妊になってしまった。また、当時既に一歳だった彼女のお嬢さんは世話を受けられずに放置され、餓死してしまった。70年代に彼女の夫はなくなり、以降、王玉開さんは障害をかかえた体でひとりぼっちで生活していた。
海南省の廖暉・政協委員は、今年の海南「兩會」で「慰安婦」を救助することを呼びかけている。関連している史料の記録によれば、1939年2月の日本軍による海南島侵入後、海口、陵水、保亭、昌江、三亜などの多数の市県で「慰安所」が設営されていると彼は語った。
2001年7月、黄有良さん、陳亜扁さん、林亜金さんをはじめとする8名の海南「慰安婦」被害生存者が日本で裁判に訴えたが、現在そのうち二名は亡くなっている。去年7月には、中国の「慰安婦」被害事実調査委員会は第1段階の調査レポートを公表した。廖暉・政協委員は、海南「慰安婦」の具体的な人数、被害状況と現在の状況の調査をすすめ、史料として掌握しつつ、「証拠保全」を行うと表明している。
この被害者の方も88歳。
民主党のホームページを見に行っても
「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」を提出した日付が一番新しいのが2006/03/29。とにかく、まず、再度提出してくれないものかと
(しかし、関心をもってらっしゃいそうな路線でTB投げられる議員さんのブログは一つしか知らない・・・)。
関連で。
毎日新聞 2008年3月1日 東京夕刊より(via. ハイナンNETさん)
『
人模様:戦争体験、日本の若い世代へ−−黄有良さん』
「当時のことは自分の孫や子どもにも話していない。でも、日本の若い人たちが応援してくれて元気になりました」と黄さん。「何としても名誉回復をしたい」と話していた。
支援していらっしゃるハイナンNETの皆様、御苦労様です。
注;
誤読して「三名」としていたのをご指摘いただいたので3/11訂正。大変失礼しました。申しわけありません。