(3/6 故人のお名前などに誤訳があったものを修正)
「ナヌムの家」で生活していたムン・ピルギさん(文必☆さん、 ☆は王ヘンに基)が、5日、享年82歳で亡くなったとのこと。エントリが訃報ばかりで切ないのですが、これぐらいしか被害者への哀悼の意の表し方を考えつきません。
以下、連合ニュース2008.03.05 16:45 付
『
`일본군 위안부` 피해 문필기 할머니 별세 「日本軍慰安婦」被害者、文筆期さん死去』から、自動翻訳で読んでみた故人の足跡をメモします。
1925年慶南 晋陽郡で生まれたムン・ピルギさんは、1943年18才の時に、日本軍から治安関係の仕事をまかされていた同じ村の50代の男に欺され、満州の日本軍「慰安所」に連れて行かれた。
ここで二年あまり慰安婦生活をした後、1945年8月の日本軍敗戦で解放され、平壌、開城、ソウルを経て、故郷に戻った。しかし、慰安婦生活を強要された傷の痛みは終生癒えず、晋州、木浦、光州、全州など各地を放浪しながら一人で生きてきたムンさんは、1990年代に「慰安婦」への社会的関心が高まり、歴史的な自省が提起されるようになってから、日本軍の犯罪を告発する先頭に立ってきた。
ムンさんは2003年からナヌムの家で他の被害者と共同生活しながら、毎週、日本大使館前で水曜集会をするなど被害の実情を証言し、日本の謝罪を促してきた。また、昨年7月のアメリカ議会の謝罪要求決議案通過に先立ち、ペローシ下院議長やラントス外交委員会委員長らへの証言ビデオレターを送り、決議案通過に貢献した。
ムンさんは腎臓と肺の機能低下などの持病悪化により、5日午前亡くなった。「ナヌムの家」事務局長は、「ムンさんは、去年、腎不全が悪化して入院治療を受けながらも、アメリカ下院決議案通過のためにビデオで証言するなど、だれよりも日本の謝罪を求めていた」と残念がった。
現在、「ナヌムの家」には、7人だけが共同生活している。
KBSニュース5日付報道によると、ムンさんが亡くなったことにより、韓国政府が認定した「慰安婦」被害者 240人のうち、生存されている方は105人であると、「ナヌムの家」関係者が語ったとのこと。こちらの報道にはムンさんの写真が掲載されています。
6日には日本紙が報道しました。そちらの記述によると、故人は2000年の「女性国際戦犯法廷」で慰安婦時代の体験を証言したとのこと。また、
6日付の連合ニュースによると、故人は、「慰安婦」問題を提起した点を評価されて、2000年に国際人権弁護団から人権賞を受賞したそうです。
…訃報が続きます。
……被害者の皆様のお歳がお歳なので、解っている事ながらなんとも悲しいです。
ご冥福をお祈りします。