といっても、「
偽装請負が」といった志の高い話ではなく、超低空飛行が墜落した上に地面に激突してめり込んでいるような、志の低い話。
いまや、世はペーパーレス時代。
コンピュータを使って仕事をしているので、ネットを通じてPDFなりの添付ファイルが飛び交い、書類を紙にプリントする機会というのはめっきり減るものだ。そして、仕事で打ち出す書類というのは、別にそう凝ったプリントをする必要はないので、そこそこ前に買ったA4対応のモノクロレーザープリンタで十分、間に合っていた。
だから気づかなかった。そして、この前、PCを乗り換えたもののデータの移行もアプリの移行も簡単だったので、PCを乗り換えたことすら普段は意識の表面には浮かばずにオシゴトをしていて、さらに気づくのが遅くなった。
さて、そういう訳で少なくなっていた「書類をモノクロでプリントする機会」が、ついに訪れた。何も考えずにUSBケーブルでプリンタとMacBookを接続してPC側でプリントの操作をする。しかし、印刷がはじまらない。
そこで、ようやく気がついた。あ、、、っと、leopard用のドライバを入れてなかったな。
キャノンのダウンロードサイトのレーザープリンタMacOSXコーナーを訪れて、ドライバを落としてインストールして、再起動して再操作。…でも、やはりプリンタが動かない。この辺りで、ようやく不穏な兆候を感じた。
ダウンロードのページをよく見る。
使用環境
Mac OS 10.2.8/(中略)10.4.3/10.4.4
注意/制限事項
・Intelプロセッサ搭載のMacintosh には対応していません。
…え?(<- 気づくの遅いよ。…でも、tigerのMacBookで、このドライバが動作していたんだけどorz)青ざめる。ソフトウェアダウンロードのトップページを見る。
OS対応状況:Windows Vista 対応状況について
…Macは?探し回る。
ようやく見つけた。「
Mac OS X v10.5 (Leopard) への対応状況について」。
詳細情報を確認すると、私の愛用のモノクロレーザーは、
対応予定にすら入っていない。
さらに青ざめる。 なにか裏技でもないのか? と、さらに探し回る。
検索で
2ちゃんのスレが引っかかってきた。私と同機種を使っているらしいヒトが、キャノンに問い合わせた返答を上げてくれていた。
** 様
平素はキヤノン製品をご愛顧頂き、誠にありがとうございます。
キヤノンお客様相談センターの**と申します。
メールを拝見いたしました。
お問合せ頂きました「MacOSX10.5環境への対応」について、以下に回答致します。
この度は弊社製品においてご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございません。
LBP-***においては、MacOSX10.5環境で動作確認の取れているドライバが現在ございません。
既存のMacOSX用ドライバにつきましてもMacOSX10.5環境に対応しておりませんので、インストール方法等につきまして、ご案内致しかねる次第でございます。
**様のお役に立てるご案内が出来ず、誠に申し訳ございません。
心より深くお詫び申し上げます。
MacOSX10.5対応ドライバの提供時期につきましては、現時点では未定でございますが、対応の可否も含め、進捗があり次第、ホームページなどでお知らせして参ります。
ご案内は年明け以降になる予定でございます。
明確なご案内が出来ず、誠に恐縮ではございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。
…この情報が07/11/11付。なのに、今現在すら対応予定無しとキヤノンホームページに…。
そして、ドライバをなんとかする方向の対処はネット上では見つからなかった。
仕方ないので、この時の書類はPDFファイルにして、tigerが走っているPPC Macで打ち出した。
だが、この先はどうしたものか。
OS10.5対応のドライバがあるプリンタを買う?
プリンタの機能面には何ら不満がないのに、ドライバがないばかりに、モノクロ書類を打ち出すためだけのプリンタを買い換えというのも悲しいものがある。それに、今後OSアップデートの度にプリンタを買い換えの羽目というのは、あんまりな気がする。少なくとも、キャノンのこういう対応は、その危惧が大きい。
もともと、キャノン製品の個人的不買運動は計画していたから、CANON製品ではない、モノクロレーザープリンタを買うこと自体はGOサインかとは思う。
でも、それには、
Macに親切なメーカーであることが必須条件。
という訳で、ご訪問下さっているMac使いの皆様、どういうプリンタをお使いだかの情報を教えていただけませんか?
なお、世間一般のMac使用率は知りませんけど(ざっと検索したところ、2-6%程?)、うちのお客さんって、結構Macユーザー率高い気がするんですよねー。
といってもだいたい10%程ですが。ここ数日は何故か多くて15%ぐらい。
本日は大江・岩波沖縄戦裁判の判決が大阪地裁で言い渡される日。
…『裁判長は、元戦隊長の命令があったと断定できないとしたものの「集団自決への旧日本軍の関与がうかがえ、元戦隊長2人の関与を推認できる」として、訴えをすべて退けた』(
朝日新聞、via
gegengaさん取得魚拓)と、当然の判決ですけど。それで、これを根拠の一つとして検定意見を付けたという話の(ってか、わざわざ
そんなコメントを入れに来る人さえいる)、歴史教科書はどうするつもりですか >文科省の皆様?
というエントリを上げようと思ってた。
だけど、これを見かけて吹っ飛んだ。
NHKニュース3月28日 5時4分より『
新学習指導要領 愛国心を明記』
来年4月から一部前倒しして実施される新しい学習指導要領が28日告示されました。改正された教育基本法の趣旨をより明確に示すため、一部の表現が改訂案から大きく見直され、道徳教育の目標に、いわゆる愛国心の育成が明記されました。公表された改訂案が告示の段階で見直されるのは異例のことです。
以下、拾った報道のいろいろをスクラップ。強調等は引用者によります。
3月28日5時5分配信 読売新聞(via Yahooニュース)より
『
文科省、新指導要領に「愛国心養成」を追加』
(略) 先月15日公表の改定案と比べ、「我が国と郷土を愛し」といった記述が追加されたほか、「君が代」についても「歌えるよう指導する」と明記されるなど、「愛国心」の養成をうたった改正教育基本法を色濃く反映する形となった。
これらの修正点は、文科相の諮問機関「中央教育審議会」の審議を経ないまま盛り込まれており、なぜ新たな文言が突然加わったのか議論を呼ぶのは必至だ。
(略)
文科省は「修正は中教審の答申の枠の中で行っており、批判を受けるとは考えていない」としている。
東京新聞(共同)2008年3月28日 06時11分より
『
愛国心、さらに強調し修正 改定学習指導要領を告示』
(略)
文科省は「パブリックコメント(意見公募)のほか改正教育基本法の趣旨や国会審議、与党とのやりとりを踏まえた修正。特に重要な修正部分はない」と説明。しかし、長期にわたる中教審の公開審議を踏まえた改定案公表の後になって、国民の間で賛否が分かれる愛国心教育に関する修正を多く加えた不透明な手続きは批判を呼びそうだ。(後略)
東京新聞2008年3月28日 朝刊より
『
学習指導要領 君が代『歌えるように』 「愛国心」総則明記 直前変更きょう告示』
(略)二月に公表した改定案を一部修正し、学校の教育活動全体についての方針を示す総則に「我が国と郷土を愛し」の文言を新たに盛り込んだ。また、小学校音楽では君が代について各学年で「指導する」としていたのを「歌えるよう指導する」と変更した。いずれも議論を呼ぶ可能性のある事柄で、意見が反映される余地のない土壇場での変更が批判を呼ぶことは必至だ。
同省は「改定案公表後の与党からの意見や、一般公募で寄せられた意見を総合的に判断し、(愛国心などを新たに盛り込んだ)改正教育基本法の趣旨をより明確にした」と説明している。
(略)
改定案の段階で盛り込まなかったことについては「長くなりすぎないようにしたため」などと説明している。(略)同省は「趣旨を明確にした。先生にはより意識して指導してほしいが、児童の成績などに反映するような変更ではない」としている。
二月十五日の改定案公表後、与党内からは「教育基本法の改正が十分に反映されていない」などの声が上がっていた。翌十六日から一カ月間に、一般から電子メールや郵便、ファクスで寄せられた意見は五千六百七十九件。「社会科以外でも教えることを盛り込むべきだ」との意見がある一方「徳目を子どもに押しつける点で大きな問題」との意見もあった。
毎日新聞 2008年3月28日 東京朝刊分より
『
新学習指導要領:総則に「国と郷土愛する」、異例の修正−−きょう告示』
(略)
改定案公表後に総則という基本的な考え方を修正するのは極めて異例。文科省は「パブリックコメント(公募意見)などを踏まえ修正した。改正教育基本法の趣旨をより明確にする意見を取り入れた」と説明している。
文科省によると、改定案公表翌日の2月16日から1カ月間、電子メールや郵便で意見を受け付け、5679件が寄せられた。「国を愛する心について総則に明記すべきだ」などの声があり、国会での議論、与党部会とのやり取りなども加味して修正したという。
音楽で「君が代を指導する」が「君が代を歌えるよう指導する」になるなど軽微なケースも含めると、修正は181カ所(同様修正の重複除く)あった。
改正教育基本法(06年12月成立)には「愛国心」表記が新たに盛り込まれた。新学習指導要領改定案では、愛国心について総則にはなかったが、国語や社会、道徳の部分で触れていた。文科省は「道徳の内容は教育活動全体を通じて行うと定めており、考え方は(総則に示しても)同じ」と説明している。
(中略)
渡海紀三朗文部科学相は27日、「総則に(愛国心を)書いた方が教育基本法改正の趣旨が生きるとの意見があったので(修正を)判断した」と説明。「バランスを欠く意見は排除したつもり」と述べた。(後略)
北海道新聞 03/28 07:58より
『
学習指導要領 愛国心教育、強調し修正 君が代「歌えるように」』
(略)
総則に「我が国と郷土を愛し」と愛国心教育をより強調する修正を加え、小学校音楽で「君が代」を歌えるように指導することを初めて明記した。
いずれも二月に同省が公表した学習指導要領改定案にはなかった文言で、国民の間で賛否が分かれる愛国心教育に関して多くの修正を直前に加えたことは論議を呼びそうだ。
文科省は修正を加えた理由について「改定教育基本法の趣旨をより明確に反映させるため」と説明。「改定案公表後、国民へのパブリックコメント(意見公募)と与党からいろんな意見があった」とするが、どういう意見が修正につながったかは明らかにしていない。
(略)
小学校音楽では君が代について現行指導要領を踏襲し「いずれの学年でも指導」としていたが、「歌えるよう指導」と修正。小学校国語で読み聞かせをする本や文章も改定案の「昔話や伝説」から「昔話や神話・伝承」に変更した。
中教審の長期の公開審議と答申を踏まえた改定案の公表後に修正したことについて、同省教育課程課は「答申の枠内で改定したもの。方針が大転換したとは考えていない」とし、微調整だとの認識を示している。
(後略)
朝日新聞 2008年03月28日06時15分より
『
指導要領、異例の修正 「愛国心」など追加』
(略)告示は改訂案とほぼ同じ内容になることが通例だが、総則に「我が国と郷土を愛し」という文言を入れ、君が代を「歌えるよう指導」と明記するなど内容が一部変わった。2月の改訂案公表後、1カ月かけて意見を公募。保守系の国会議員らから改訂案への不満が出ていたこともあり、文科省は「改正教育基本法の趣旨をより明確にする」ため異例の修正に踏み切った。
(略)
修正は全部で181カ所。大半は字句の修正や用語の整理だが、総則に「これらに掲げる目標を達成するよう教育を行う」と挿入し、「道徳教育」の目標に「我が国と郷土を愛し」を加えた。小学音楽では君が代を「歌えるよう指導」とし、中学社会では「我が国の安全と防衛」に加えて「国際貢献について考えさせる」と自衛隊の海外活動を想定した文言を入れた。
改訂案に対しては、自民党内から「改訂案が教育基本法の改正を反映していない」と早くから不満が上がっていた。八木秀次・高崎経済大教授が理事長の日本教育再生機構も同様の立場で、文科省に意見を送るひな型となる「参照用コメント」を公表していた。(後略)
中日新聞2008年3月28日社説より『
学習指導要領 疑念ぬぐえぬ道徳強化』
告示された新学習指導要領は原案よりも「道徳」が強化された。あってよい環境教育面の充実はみられず、慎重意見も多い武道の必修化はそのままだ。修正の仕方にバランスを欠いてはいないか。
(中略)
修正個所をみると、道徳にかかわる記述が目立つ。小、中学校とも「総則」の「伝統と文化を継承し、発展させ」が「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し」などと変更された。
小学校の音楽で「君が代」は各学年で「指導する」となっていたが「歌えるよう指導する」と加筆された。「外国語活動及び道徳」が「道徳及び外国語活動」に変わるといったこまやかな文言入れ替えもある。
「総則」は学校の教育活動全体について方針を示す指導要領の根幹部分だ。改定案が修正、加筆されるのは異例といえる。同省は修正について「与党や一般からの意見などを総合的に判断した」と説明する。
同省がまとめた一般意見の概要では「『国を愛する心』を総則に明記し、社会科以外でも教えるべきだ」との主張がある一方で「愛国心などの徳目を子供に押しつけるのは問題だ」という意見もあり、道徳の強化は必ずしも賛成ばかりではない。
修正は、一般意見を反映させたというより一部与党議員の意見に従った、との疑念がぬぐえない。
(中略)
一般意見からは中学での武道の必修化に「施設の整備が必要」「指導者確保に疑問」といった声が出ていたが、ほとんど黙殺されている。
国民の意見聴取を名分に、与党の意を酌んで原案を変えるようなことがもしあるとするならば、「我が国を愛する」教育につながるとは、とても思えない。
なお、
時事通信出版局内外教育研究会 2008年03月28日06時06分の記事によると
2月15日の改定案公表後、1カ月間実施した意見募集では、5679件の意見が寄せられた。主婦と会社員が合わせて全体の4割強を占め、保護者世代の関心の高さをうかがわせた。教職員は1割。年代別では60代が2割で最多だった。
ということだった。
また、文部科学省ホームページでは、当たり障りのない
文部科学相談話が公表されているが、パブコメの結果に関してはちょっとコンテンツを見つけられなかった。
…このところ、憲法で思想信条の自由を謳う民主主義国家である日本の国籍をもっている様子にもかかわらず、「国旗や国歌は敬うのが当然」といった自分が心の中でそう思ってれば良いことを違う発想の持ち主相手に延々と主張し続ける、どこかの全体主義国家が大好きらしく見える、内心の自由を侵害したげなヒトが目につくわけだけど
(リンク略…笑、、、まぁ、かの人の主張は師兄方の尽力で後退しているわけだけど)。レイバーネットなどの情報によると、
斉唱不起立を実行するヒトへの風当たりが強くなっているような話も目にする。以前には、学校で愛国心教育を受けていないから外国の人に日本のよいところを挙げられないと言い出す人もいた(
元記事、
料理済み)。
こういう人達がいて、こういうやり口で指導要領が改訂されて。もうじき、親切にも、学校で正しい国の愛し方まで指導してくれそうだ。
…そうなると、やっぱ、ツンデレでは単位がでないんだろうか?
そういう動きがあることは、神戸女学院大学の石川先生のブログで知っていましたが、採択されたそうです。で、この情報は、日本の報道で拾えなくて韓国の報道で知りました。
以下、大島淡紅子宝塚市議のブログ記事から請願本文をお持ち帰り。
『
宝塚市議会本会議にて、日本軍「慰安婦」問題に対して、政府に誠実な対応を求める請願採択!』
日本軍「慰安婦」問題に対して、政府の誠実な対応を求める意見書
2007年7月30日、アメリカ下院議会は全会一致で、「日本軍が女性を強制的に性奴隷にした」ことを「公式に認め」「謝罪する」よう日本政府に求める決議を採択しました。
当時の安倍晋三首相は7月31日、この決議採択を「残念なことだ」と評し、生存する犠牲者に日本政府は公式謝罪しないことを強くほのめかしました。
これは、1993年の河野洋平官房長官の談話と矛盾する態度です。このような態度をとっていては、これまでに日本政府が口にしてきた「謝罪」が、本心とかけ離れた、口先だけのものであると受け取られても仕方ありません。また、村山首相のお詫びの手紙と共に一部の被害者に届けられた「女性のためのアジア平和国民基金」は、国際社会の批判をかわすための欺瞞であったのではないかと言われても仕方ないでしょう。
日本政府に謝罪と賠償、歴史教育などを求める決議案は、アメリカの議会決議に続いて、11月にオランダとカナダで、12月13日にはヨーロッパ議会で、採択されました。
日本政府が、日本軍「慰安婦」の被害にあった女性達に対して、いまだに公式の謝罪もせず、補償もせず、真相究明や責任者処罰をしないばかりか、教科書からもその記述を消し去って、無かったことにしようとしていることに対して、世界各国で批判の声が高まっているのです。
今、世界中で、日本軍「慰安婦」問題を解決するための運動が広がりを見せています。
しかし、これらの世界の動きは日本では必ずしも十分に報道されていません。
政府においては、1993年の河野洋平官房長官の談話の上、さらに日本軍「慰安婦」問題の真相究明を行い、被害者の尊厳回復に努め誠実な対応をされるよう求めるものである。
以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出します。
平成20年3月25日
衆議院議長 河野 洋平 殿
参議院議長 江田 五月 殿
内閣総理大臣 福田 康夫 殿 あて
宝塚市議会議長 小山 哲史
大島市議によると『内容はかなり薄まってしまいました』とのことでしたが、お疲れ様でした。
では、これに関する報道を、と。
しかし、どういう訳か今現在、日本紙報道がちーっとも見つかりません。しかたないので複数でている韓国紙から、自動翻訳から意訳で。
YONHAP NEWS 2008/03/26 12:03 付
『
日지방의회, '위안부 문제 해결촉구' 첫 청원 (日本の地方議会「慰安婦問題解決要求」で初めての請願)』
日本のある地方市議会が第2次世界大戦当時の日本軍「慰安婦」問題に対する日本政府の誠実な対応を促す請願を初めて採択した。
26日、挺身隊問題対策協議会によれば、兵庫県宝塚市議会は25日の本会議で、日本地方議会で初めて「慰安婦」問題に対して、政府が誠実な対応をするよう要求する意見書を通過させた。
今月4日、この議題を上程した宝塚市議会では審議を行い、25日の本会議で議員25名中24名の賛成で採択した。
意見書は、『昨年7月、米下院議会が満場一致で日本の「慰安婦」問題に謝罪を促す決議案を採択したことに対して、日本政府は遺憾を表明した』として『これは日本政府が話してきた'謝罪'とかけ離れている態度で国際社会に対する欺瞞』と指摘した。そして、『日本政府が「慰安婦」被害女性に対して、公式謝罪や補償もなく、教科書でもその内容を削除しようとする態度に対して、世界各国の批判が高まっている』として『日本政府は「慰安婦」問題の真相を糾明し、被害者の尊厳回復に向けて努力し、誠実な対応をしなければならない』と促した。
これに対して挺身隊対策協関係者は、『日本地方議会で初めての慰安婦決議案であり、「慰安婦」問題解決のために努力する日本の良心ある国会議員および市民団体の活動がより一層活性化するだろう』としながら『宝塚の小さな一歩が、日本政府を動かすことができる力になるのを期待する』と述べた。
KBS NEWS 2008/03/26 12:03 付
『
일본 지방 의회 첫 위안부 청원 채택 (日本地方議会で初の慰安婦請願採択)』
YONHAP NEWSとかぶる内容で、より短いので内容略。
ヘラルド経済 2008.03.26.11:14付
『
‘위안부 모르쇠’ 日정부 입장변화 압박(「慰安婦知らない振り」日本政府の立場変化へ圧力)』
宝塚請願の意味
兵庫県宝塚市議会が、日本軍「慰安婦」問題解決を促す請願を採択したことを契機に、日本社会内部でこの問題解決を要求する声が高まっている。宝塚市議会に続き、東京など他の地域でも宝塚でおさめた成果を再現しようとする動きが活発だ。
…引用中断。えええっ?! 本当でしょうか。
今回の請願採択は、日本地方自治体で最初に請願を通じ、「慰安婦」問題解決に近づいたという点で、その意味が大きい。その間、「慰安婦」被害者および韓国挺身隊問題対策協議会など韓国の市民団体、日本活動家らの継続的な問題提起にも関わらなかった日本政府が、今回の請願採択を契機に変化があるのか成り行きが注目される。
これまで日本政府は、日本軍「慰安婦」問題に対して「知らん振り」で一貫した。それまで公式に疑惑を一部認めたのは、1993年8月に日本軍慰安婦に対する調査結果を発表して日本政府の関与を認めた河野洋平官房長官談話、1998年4月に韓国人慰安婦被害者3人に損害賠償することを認めた下関判決、これらだけだった。日本政府は、1995年民間基金の「女性のためのアジア平和国民基金」を設立し、公式謝罪を避けた取り繕い策で事態を揉み消そうとして、「慰安婦」問題解決を求める韓国と日本市民団体らの怒りを買っても来た。
「慰安婦」問題解決を促す活動家らは着実に動いた。世界の関心を喚起するために国連人権委員会などに問題提起を継続したし、国際的な連帯活動も続いた。韓国国内では水曜デモが26日で806回をむかえる。特に日本国内の良心的な活動家らは、身辺の危険を感じながらも止めなかった。
こうした努力の結果、2007年7月アメリカ下院議会は慰安婦問題に対して日本政府の認定および謝罪を要求する決議案を採択したし、11月にはオランダとカナダ、12月にはEU議会でも決議案を採択した。
活動家らは今回の宝塚市議会の請願採択を契機に、日本の他の地方市議会でも請願を採択するように誘導する計画だ。挺身隊対策協側は『宝塚を始まりに沖縄、東京、大阪などの地方議会でこのような成果を継続する計画』と明らかにした。挺身隊対策協側は『宝塚にはじまり他の地方議会で請願を採択するならば日本政府側でも反応があるだろう』としながら『今後も宝塚市議会のような事例がさらに出てくると予想される』と話した。
Tongilnews(かな?) 2008年 03月 26日 (水) 12:28:58 付
『
일본 시의회, 일본군‘위안부’ 문제 청원 채택 (日本の市議会、日本軍「慰安婦」問題請願採択)』
内容は他とかぶるものなので略。ただし、この報道だけ、地方議会の採択運動を広げる先に「広島」がはいっている。また、『日本軍「慰安婦」被害女性に私たちのま心を届けよう!』の横断幕を持った記念撮影写真付き。
その他、オーマイニュースでも2008.03.26 10:324付
『
'위안부 문제 해결하라' 일본 지방의회 첫 청원(「慰安婦問題を解決しなさい」日本地方議会初請願)』
上記の報道とだぶる部分は略で
(略)
今回の請願の採択には、昨年末、宝塚で開かれた韓国のキルウォノクさん、イマクタルさんの証言会に参加した三人の議員たちが中心的な役割を果たした。しかし、何より、右翼勢力の脅威が度を超す日本で、死力を尽くして運動を広げた日本の良心的市民たちが成し得た成果といえる。
韓国従軍慰安婦問題対策町議会は、宝塚市議会で請願が採択された事を始まりに、『慰安所』があった沖縄を含め、大阪、東京など組織的に地方議会が請願をするようになると見込んでいる。
一方、今回の請願のために動いた日本の一活動家によると、採択後直ちに記者会見を開くために記者室に移動したが誰もいなかったそうだ。それまでにキャンペーン活動を取材し、今回の採択への道筋を記事に取り上げたいと言っていた記者たちは誰もが、「上」の許可が出ないために記事に書くことができなかったと悔しがっていたと言う。
…なるほどねぇ。
宝塚の請願文に『今、世界中で、日本軍「慰安婦」問題を解決するための運動が広がりを見せています。しかし、これらの
世界の動きは日本では必ずしも十分に報道されていません。』とあったものですが、世界どころか日本国内の動きすらも、
なぜか報道しないようですね。
追加で参考;
実は、「慰安婦」問題に関して決議を出した日本初の地方自治体は別にありまして、、、当ブログでもエントリを上げています。
ただし、方向性が真反対(^^;
『
佐賀県・嬉野市議会が「慰安婦」問題で国が世界に事実を主張しろとの意見書可決』
新華網・英語版 2008-03-23 18:19:55付
『
DPRK urges Japan to compensate over "comfort women"北朝鮮が「慰安婦」への賠償を日本に迫る』
以下、意訳のみ。
平壌 3月23日(新華社)ーー朝鮮民主主義人民共和国が、第二次世界大戦中、侵略軍のために、罪のない女性を「慰安婦」として知られる性奴隷となるように強制したことに由来する犯罪への賠償と謝罪を、日本に対して再度主張した。
政府機関紙『民主朝鮮』(*)は日曜日に署名入り論説で、日本政府が「慰安婦」に対し謝罪と賠償をすべきだとの主張を、国際社会が強めていると報じた。
論説は、
・日本皇軍による強制軍用売春が最悪の人権侵害であり、
・多くの国が、戦時中に関与した過去の罪に対し誠実に謝罪している。ただし、その責任逃れのために手練手管を弄して責任逃れをしている日本だけが、彼らの罪を認めることから遙か彼方にいる、
・日本政府は、責任ある態度で、国が主催した犯罪を解決すべきだ、
と、述べている。
「慰安婦」問題とは、10-20万人の朝鮮女性を含む、70万人を超えると見積もられている主にアジアからの女性たちを、第二次世界大戦中の日本軍兵士のための「慰安婦」として奉仕を強制したもの。生き残った性奴隷被害者は、日本政府からの謝罪と賠償を長い間要求している。しかし、ほとんどの件で、その要求は退けられている。アメリカを含む多くの国が、戦時性奴隷問題へ公式謝罪をするように要求しているにもかかわらず、日本政府はまだ行っていない。
日本が過去に犯した戦争犯罪と、それを精算できたと国際社会から見なされていない事実は当然真摯に受け止めているのだが、北朝鮮から「最悪の人権侵害」と指摘されるのには、「最悪の人権侵害」だと認識しつつも微妙な気分を味わない訳ではない。また、数の問題ではない、被害者個々人の苦しみはそんな包括ができるものではないと承知しつつも、この報道ではつい目を引いてしまう。
被害者数のくだりは、新華社電の文章から判断して、どうも北朝鮮発の部分では無さそうなのだが
(誤読があるようでしたら、すみませんがご指摘いただけますようお願いします)、北朝鮮発にしろ中国発にしろ、これまで見聞きした被害者数の概算で最大である。これまでに知った情報から判断して、さすがに多すぎる様には思える(デジタル記念館・アジア女性基金で参照できる、研究者が提示する最大数は
41万人)。しかし一方では、日本政府による誠実で多角的な被害調査が、93年以降も継続していると国内外に示せていないようでは、そのツケだと思われてならない。去年や今年になってから、名乗り出られた被害者の方もいるのに。
そして、日本政府は「慰安婦」被害者への賠償等は『
サンフランシスコ平和条約、およびその他の関連する2国間条約などにのっとって対応してきたとの方針』で来たと聞くが、では、北朝鮮の被害者にはどうするのだろう?
こういう論説を書かれないためにも、日本政府はこれからでも誠実に対応すべき。拉致問題解決のためにも。
…今の状態では、日本政府が国際社会に対して人権問題で発言しても、鼻で笑われているだろう。
*;Stiffmuscleさんのご教授により、"Minju Joson"と記載していたのを修正。(@3/28)
当ブログを覗きに来てくださる方は、やたら情報収集能力が強いような気がするので(頂くコメントのほとんどから判断して)今さらと思いつつ、
Stiffmuscleさん経由で
Avaaz.orgの胡錦濤中国国家主席宛にダライ・ラマ大師と対話を開始するよう促す請願書署名をお持ち帰り。
『
チベットと共に立ち上がろう! − ダライ・ラマを支援しよう』
胡錦濤中国国家主席への請願書
世界各国の市民からなる、わたしたちは、チベットの抗議行動への対応として自制と人権の尊重を表明し、ダライ・ラマ大師との意味のある対話を開始して全チベット人の懸念を解消することを中国政府に対し、要求します。対話と改革なくして、安定は持続し得ないのです。中国にとって一番望ましい未来と、世界との肯定的な関係は、調和の取れた発展と対話、そして敬意によって得られるのです。
3/23 20:00現在で『
696,709名の方が、過去48 時間以内に、署名されました。目標の1,000,000名の署名達成にお力をお貸し下さい 』とのことです。
(以下、追加分)コメント欄で、アムネスティインターナショナル・ジャパンの『
チベット人の人権と権利の尊重を!』と、
日本政府(外務省)へのWEBアクション(要請文の例文と外務省へのリンクつき)もお知らせいただきました。「中国政府に明確に要請するよう、日本政府に求め」るものです。
なお、このWEBアクション送付先である
外務省の「ご意見・ご感想コーナー」は、3月24日17時00分〜3月28日12時00分の間、
こういうタイミングを狙ってさぼっているように見えてしまうシステムメンテナンスのために受付を停止するとのことです。
(追加、以上)
以下、参考にしたいろいろ(随時追加予定)。
(以下、強調等がある場合は、引用者による)チベット式 2008.03.13付
『
チベット・ラサで僧侶らがデモ。70人拘束?』冒頭のみ引用;
3月10日、チベット・ラサのデプン寺の僧侶ら数百人が、中国による支配に抗議するデモ行進を行なった。中国当局は催涙弾などを用いてこれを鎮圧。少なくとも70名程度が拘束されたと報じられている。
チベット式 2008.03.15付
『
【2008年チベット動乱】よく聞かれる質問集』冒頭のみ引用;
経過のフォローは報道のプロの皆さんに任せるとして、よく聞かれる質問をまとめてみました。
(2008.3.23更新)
ミャンマー関連ニュース 2008.03.16付
『
チベット問題とミャンマー問題リンクの可能性』
(略)
チベットの問題とミャンマーの問題は、どちらも強権的支配によって僧侶や市民が武力弾圧されるという構図で似通っている。(中略)
ミャンマーは1988年に大規模な抗議運動が起き、軍に弾圧された。チベットは1989年に大規模な抗議運動が起き、同様に弾圧された。どちらも19年後に大規模な抗議運動が起き、またアウンサンスーチー女史やダライラマ14世などのノーベル平和賞を受賞した世界的に著名な人物が指導者だ(後略)
アムネスティインターナショナル・ジャパン 2008.03.18付
『
日本支部声明 : 中国当局はチベット人抗議者たちに自制をもって対応を』
駐日中国大使館の孔鉉佑臨時大使代理宛の申し入れ(経緯等の前半部文略)
1.抗議行動の弾圧において、ラサやチベットのそのほかの地域で拘禁された人びとの消息を明らかにし、自らの意見や表現の自由、集会・結社の自由を主張したために拘禁されたすべての人びとを速やかに釈放すること。
2.中国当局は、ここ数日の同地域の封鎖と、長期にわたってチベットの人権状況の調査が制限されている状況を特に踏まえ、現在チベットで起きている事件について、独立した国連の調査を受け入れること。
最後に私たちは、チベットの人びとの根本的な不満や憤りを生み出した政策の問題について、貴国が真摯に取り組む必要があることを、お伝えいたします。
その他、
アムネスティインターナショナル・ジャパンのチベット情報検索結果一覧へのリンク。
東京新聞2008年3月19日 04時13分付
『
ダライ・ラマ「統制不能なら退任」 チベット独立論をけん制』
インドからの報道によると、同国亡命中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は18日、本拠地のインド北部ダラムサラで記者会見し、(中略)チベット情勢について「統制不能になれば、私の唯一の選択肢は完全な辞任だ」と進退に言及。チベット独立を求める動きに「独立は論外だ。中国人とよい関係を築かなければならない」と、亡命政府の目的は非暴力による高度な自治の達成であることを強調した。(中略)ダラムサラの亡命チベット人の団体は17日、ダライ・ラマが今夏の北京五輪開催への支持を表明したことに反発。ダライ・ラマの対話路線が「チベット人の多数意見ではない」として見直しを要求していた。
西日本新聞2008年03月19日11時17分付
『
四川省で抗議デモ続く 無差別発砲、3人死亡か』
インドに活動拠点を置く非政府組織(NGO)チベット人権民主化センターは19日、中国四川省甘孜チベット族自治州甘孜県で18日午後、市場で「チベット独立」などを訴えて抗議デモを行った数100人の群衆に武装警察部隊が無差別発砲、3人が死亡し、15人が負傷したと発表した。(中略)また同ラジオは19日までに、チベット自治区ラサでの暴動を受けて、隣接する新疆ウイグル自治区南部で3人以上の集会が禁じられるなど厳しい軍事管制が敷かれていると報じた。(中略)中国当局は、軍事管制の実施を否定している。
読売新聞2008年3月22日00時16分 付
『
「人民解放軍2万人投入」の情報も…チベット暴動1週間』
(略) 四川、甘粛、青海3省のチベット族居住地域に波及した抗議行動に関し、人権団体「フリー・チベット・キャンペーン」は、甘粛省だけで解放軍兵士約2万人が派遣されたと報じている。一方、中国中央テレビは20日夜から、14日のラサ暴動でデモ参加者に襲われて流血する警官の姿など、新たな映像を流し始めた。だが、中国軍による鎮圧の場面は一切公開されず、外国人記者はラサやデモ発生地域への立ち入りが禁じられ、現地取材ができない状態が続いている。
毎日新聞 2008年3月22日 東京朝刊より
『
チベット暴動:米下院議長、国際的な調査求める ダライ・ラマと会談』
米国のペロシ下院議長ら議員団が21日、インド・ダラムサラを訪れ、チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世らチベット亡命政府首脳と会談した。(中略)議長のダラムサラ訪問は暴動発生前から計画されていたという。
会談に先立ち、ペロシ議長は仏教寺院で亡命チベット人ら約5000人を前に演説し、「私たちはチベットの人々と悲しみを共有するためにここにいる」と強調。「チベットの独立を信じる世界の人々が中国の鎮圧行動に対して声を上げなければ、(独立を達成する)力は失われる」と述べた。
asahi.com 2008年03月22日23時56分付
『
チベット鎮圧 中国内からも批判、作家ら「暴力反対」』
中国の著名な作家、王力雄氏や劉暁波氏ら約30人が22日、チベット騒乱について「平和と非暴力の原則に基づいて民族の争いを解決し、中国政府は暴力的な鎮圧を即停止すべきだ」とする声明を発表した。(中略) 声明では、中国当局がチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が暴動を策動したと主張している点について「証拠を出すべきだ」と訴えた上で、国連による調査を要求。中国メディアの公式報道についても「チベット族によるデモの被害のみを強調する報道は民族的な恨みをあおり、事態の緊張を招くだけだ」と非難、国内外のメディアにチベット自治区での自由な取材を許可するように求めている。
一方、米政府系放送局のラジオ自由アジアは21日、王力雄さんと妻のチベット族女性作家、ツェリンウォセさんが10日から北京市内の自宅で軟禁状態になっていると報じた。
とある方向(笑)を見ていて、以前読んだ本の一節が思い浮かんだので、読み返してみた。
さまざまな身体計測や人種的特徴、指紋や声紋など固有性を持った特徴による個体の同一性の認知は、「おまえは何者か」という支配権力の「呼びかけ」に対して、「はい、わたしはその者です」と応じるためにある。IDカードとは、管理の技術のために存在し、わたし自身のために存在するわけではない。
これは、上野千鶴子氏編の「
脱アイデンティティ」の「序章 脱アイデンティティの理論」P.34にある一節。
この本では、上野氏はアイデンティティと同一性という言葉を互換的に用いており、この一節に先立つ文章で、
個人的同一性とは、「わたしとは何者であるかをめぐるわたし自身の観念」であり(中略)社会同一性とは、「わたしとは何者であるかと他者が考えているとわたしが想定するわたしについての観念」をさす。このふたつの間にはずれがあるが、これが一致した状態がアイデンティティの安定した状態であり、この間に不一致が起きるとアイデンティティの危機が起きる、とエリクソン(引用者注;フロイト派の社会心理学者、アイデンティティの概念を初めて使った)は見なした。(中略)
エリクソンの考えのなかには、個人的同一性と社会的同一性のあいだのずれが一致することをつうじて、アイデンティティは統合され、安定したものになると言う見方がある。(中略)とはいえ、エリクソンは単純に両者が100%一致した状態をよきものとしたわけではない。社会的同一性は、しばしば職業的役割と重なっており、これと個人的同一性がぴったり一致した状態は奇怪ですらある。たとえば、家に帰っても教師的役割を演じ続ける父親を考えてみればよい。(後略)
(序章 脱アイデンティティの理論 P.7ー8)
と説明している。そして、アイデンティティに「存在証明」との訳語を与えた研究者が紹介され、
ここで重要なのは、だれが存在証明を強迫的に求められているのか? という問いである。社会的アイデンティティは社会的カテゴリーと結びついているが、優位のカテゴリーに属する者は、アイデンティティの証明を迫られることがない。劣位のカテゴリーに属する者だけが、存在証明の脅迫のもとにおかれる。
(序章 脱アイデンティティの理論 P.23ー24)
いや、某所で、国旗や国歌を自分(なんだろうな、多分)の属する集団のアイデンティティを高揚させるものであるという概念を開示しているらしい人物がいたから。それも、似たような認識(推定)の人物が複数。面倒くさがりで不親切なわたしは、邪魔くさいから、あえてリンクは貼りませんので解る人だけ解っててくださいな。
自分の属する集団に象徴が必要なんだなぁと見ていると、つい、この一節が思い出されたもので(笑)。いえ、そんだけの話。
なお、この本は、上野千鶴子氏は編者であるので、他の人も寄稿している。この辺りの本になると、読んで十分理解しているかにかなり自信がないが(爆)、面白かった一節をついでにメモ。
三浦展氏の寄稿で『第三章 消費の物語の喪失と、さまよう「自分らしさ」』から。
明治以来、日本の国民は、近代化、富国強兵という「大きな物語」を共有していた。戦後は、国家主義的なアイデンティティは否定されたが、新たに高度経済成長、中流化という「大きな物語」が登場した。そこでは、戦前のムラと軍隊という共同体が企業という「生産共同体」として再編され、かつその従業員は「消費共同体」としての家族を形成し、(略)、国民は、(略)二つの共同体への所属感情を持つことによって、自らのアイデンティティを獲得した。 (P.103)
そして、ここで筆者は、「仕事と消費」が戦後日本人のアイデンティティになったと述べる。また、高度経済成長期には、その「大きな物語」と消費が密接に結びつきながら補強もし、より多くを消費することが社会を構成する人としてのアイデンティティ形成にもつながる効果もあったとものべる。
しかしその両輪が今、どちらも溶解している。高度成長はとうに終わり、(略)家族は(略)かつての「理想型」とは変質している。よって、われわれは高度成長期のように「大きな物語」に支えられながら自らのアイデンティティをもつことができない(だからこそ「最後の絆」として愛国心と愛郷心と歴史教育の復権が声高に叫ばれる)。消費がアイデンティティに結びつくこともない。いまや、消費者は自ら物語を創出しなければならなくなったのである。 (P.104)
この時期に、「個人として生きる意味」つまり自分らしさと消費することの意味を結びつけるようなマーケティングがなされるようになってきたという。
言うまでもなく「自分らしさ」もまたひとつの「小さな物語」である。しかし現実にはその「自分らしさ」という物語を十全に生きることのできる消費者ばかりではない。(略)すると、そういう消費者たちのために消費することの意味(物語)を手とり足とり教えるマニュアルが生まれることになる。 (P.105)
そして、80年代以降に盛んになった、ファッションやデートの仕方などを事細かに教授するマニュアル雑誌の存在が指摘される。
しかし、こうしたマニュアル化傾向が極限まで進んでくると、当然のことながら、マニュアル通りに生きる自分と、それに満足できない自分との間に分裂が生じ、「本当の自分」「本当の自分らしさ」への希求をますます強めるという循環構造がうまれ、「自分探し」ブームが拡大することになる。 (P.107)
この状況を背景に90年代以降、企業の広告・マーケティングのテーマが「自分探し」となり、
消費者は企業が発する自分らしさ情報を受信し、自分でフィードバックする。すると消費者の中には、今ある自分らしさへの疑念がつねに生じるようになり、さらに本当の自分らしさを探し出すというように、自分探しの循環運動が拡大してしまうのだ。(略)本当の全面的な自分らしさは獲得できない。(略)実現できるのは自分らしさのほんの一部でもよい。(略)部分的な自分らしさの上にまた別の部分的な自分らしさを重ねて描き続け、(略)こうして、ここに「複数の自分」という現代独特の自己意識が生まれることになるのである。 (P.115)
こうして、三浦氏は、若者を中心とした現代の消費者は「複数の自分」を持っているという説を述べる。そして、そのうち一つを必ず「みんなと同じ自分」として持っていて、その「みんなと同じ自分」に訴求できた場合に、メガヒットが生まれる、のだそうだ。
…そして
ところで「複数の自分」による最大のメガヒットはなんだろうか。(略)それは「ぷちナショナリズム」であろう。(略)彼らの中には必ずどこかに国家がある。だからこそワールドカップのような特別なイベントに際して、ぷちナショナリズムは一気に発現する。そこには強制はないが、横からの同調圧力はあるのかもしれない。(略)「複数の自分」たちは、衷心から国家を崇拝することはない。しかし同様に国家に抵抗する力も弱い。ある一時に国家をメガヒットさせることはある。
この箇所には脚注がついている。その脚注によると、ちょうどこの原稿執筆時に自民党の衆議院選大勝があったそうだ。
三浦展氏が、終始、断定的な調子で述べているのには多少引くというか、かなり気にはなるのだが、符合する状況や、それらしい言説を放つ人物には心当たりがある(^^; もちろん、自分自身が「複数の自分」を全然もっていない訳でもないようには思うが、もっと極端な心当たりを最近どこかで見た。
一番大きな心当たりとして、もしかして、ある種の人達にとっては
「規則や職務命令」は「マニュアル」なのでは無かろうか、と思ったことがある。そして、その「ある種の人達」が、きっちり「ぷちナショナリズム」傾向を示しているように見えることも、この心当たりを補強しているのだ。
当ブログの2008/03/03付エントリ『
更に国際社会から「慰安婦」被害者への公式謝罪要求を受ける事を目的にしている(推定)草の根運動の例 』に、当ブログでこれまでコメントを頂いたこともなく、ブログ主の行動圏でもお見かけしたことのない方より、大変ありがちなコメントを頂いた。
No. 3744
とはいえ、事実として売春婦だったわけですからね。
争点となっている強制連行についても証拠は出てきていないわけですし。
後から作られたデータや、いくらでも捏造できる、しかもころころ変わってきた証言などをもとにあったと主張するのにも無理がありますよ。
[ 2008/03/15 19:15 ] 太郎 -[ 編集 ]
…この問題に関する情報を追ってきた者には見飽きた意見であり、当ブログ運営者にしても深入り(?)したのがわずか約1年ほどでしかないにしても大変よく見る類のコメントで
、、、えーっと、当該コメント直下でいきなり「めんどくさい」とか書いている方もいらっしゃるようですが(笑…いえ、いつもありがとうございます)、ブログ主も手抜きに走っておりまして。。。それに反論する形で、山木さんが、大変まとまった文章を投稿してくださったので、エントリで上げさせていただくことにした。
山木さんの元のコメントへのリンクはこちら(導入部分略)
>争点となっている強制連行についても証拠は出てきていないわけですし。
まず太郎さんのいう「強制連行」の定義を教えてください。それから「証拠」とは資料に限った話でしょうか。お互いにそこをはっきりさせないと議論にならないと思いますよ。ちなみに私は本人の意思に反して連れて行くことはすべて「強制連行」だと思っています。
もしも太郎さんも同じ解釈なら、もちろん強制連行を示す資料はありますよ。その一つは、アメリカ戦時情報局心理作戦斑が1944年に慰安所経営者を尋問した報告書「日本人捕虜尋問報告」第49号です。
日本人捕虜尋問報告 第49号
http://members.at.infoseek.co.jp/ash_28/ca_i02_1.html
この報告書の"徴集"の項目には、女性たちが負傷兵の看護の仕事などと騙されて慰安所に連れていかれたことがはっきりと書かれています。
しかし、もしも、太郎さんのいう「強制連行」の定義が「暴力を伴った連行」に限定されたケースならば、おかしな話になります。なぜなら、その理屈を当てはめれば北朝鮮に騙されて連れて行かれた有本恵子さんと田中実さんは「拉致被害者ではない」ということになるからです。
だけど、もちろん「暴力を伴った連行」の証拠資料もありますよ。
1948年に開かれたバタビア裁判で、オランダ人女性をで強制的に慰安婦にした日本軍将校の裁判が行われているので(スマラン慰安所事件もしくは白馬事件)裁判資料があります。
>後から作られたデータ
何のことかわからないので教えてください。
>しかもころころ変わってきた証言
それはほとんどが否定論者さんのでっちあげのようですよ。
たとえば秦郁彦氏の『慰安婦と戦場の性』p.181には、金学順さんが「中国語ができたので中共軍の密偵役もやった」と書かれ他の証言と矛盾してるかのような指摘をしてるんですが、引用元の『金学順さんの証言』を確認したらそんなこと一言も書いてありませんでした。
また、小林よしのりの『新ゴーマニズム宣言』第3巻、p.177は秦氏の捏造にさらに尾ひれをつけ「中国語ができるので中共軍の密偵役もやったところ、スパイ容疑で捕らえられ、慰安所へ」と金学順さんが証言したかのように書いてあるんですが、そんなこと本人は一言も言ってないんですよ。
他にも私は元「慰安婦」の証言をほとんど読みましたが、多少の記憶違い、言葉足らずのところがあったとしてもつじつまが合わないと言われるほどの決定的な矛盾はありません。
太郎さんが矛盾があると思うなら誰のどんな証言なのか根拠を示してください。
最後に「事実として売春婦」について反論します。
うちゃさんご指摘のとおり、報酬は強制を否定する根拠にはなり得ません。なぜなら上記の「日本人捕虜尋問報告」第49号の"報酬および生活状態" の項目をご覧いただければわかりますが、日本軍は借金さえ返せば家に帰すという条件を出していましたよね。借金を返さない限りは自由の身になれないのです。これが報酬を受け取らざるを得なかった理由です。彼女らが不本意ながら「妥協」して軍人の相手をし報酬を受け取ったとしても騙されて連れてこられた事実は消えません。また騙されて連れてこられたのに無条件で帰さなかったことは、日本軍は業者とグルになって詐欺・誘拐をしたことになります。
(後略)
手抜きばかりもなんなので、補足を少し。
・『争点となっている強制連行についても証拠は出てきていない』について。山木さんの「ちなみに私は本人の意思に反して連れて行くことはすべて「強制連行」だと思っています」の方が国際的に合意されている解釈と考えられる。根拠は、1998年国連人権小委員会で採択された
マクドゥーガルレポートにも
II. 強姦所の性格及び規模
7.日本国政府及び軍が第二次世界大戦中にアジア全般における強姦所の設置に直接関与していたことは今日明らかになっている。(略)これら「慰安婦」を得るために、旧日本軍は身体的暴力、誘拐、強要及び欺聴を用いた。
と、身体的な暴力以外がはっきり明記されている。
また、Larry Niksch氏による
2007年4月3日の米国議会調査局報告書(『
honyakushaの日記』さん訳)によると、
慰安婦制度に関係する明白な事実
(3) 慰安所に勤めるようになった女性は自発的に来たのか、そうでないのか。
(略)慰安婦の採用時に強制があったかどうかという論争は慰安婦が自分の意思で就業したかどうかという広義の議論に発散している。もし偽の労働条件を見て就業を決めたことを非自発的と言うのであれば現在手に入る資料からほとんどの慰安婦は非自発的に就業していたことに疑問の余地はない。この制度は女性が本当に自発的に就労するような職業ではないように思われる。
とあり、「非自発的」かどうかを論点としている。
なお、「慰安婦」謝罪要求決議は、
アメリカ・
オランダ・
カナダ・
EUのいずれもが、政府あるいは軍が徴用したことや強制売春の運用に携わった事を非難しているので、「争点となっている強制連行」などという争点設定は、非難している側と共有されているものではないだろう。
・山木さんの『だけど、もちろん「暴力を伴った連行」の証拠資料もありますよ』について補足。その1、例に挙げてらっしゃるバタビア裁判で裁かれたスマラン事件等に関しては、辻元清美議員提出による『
平成十九年四月十日 質問第一六八号 安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する再質問主意書』に詳述されており、この質問に対し安倍首相(当時)は
答弁書で、日本政府はバタビア裁判の結果について「我が国は、平和条約第十一条により、連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾しており、国と国との関係において、同裁判について異議を述べる立場にはない」としていることから、日本の公式見解となる。
その2、その他にも暴力を伴った連行の例は多数の報告があるが
(以下、強調は引用者による)、
中国人「慰安婦」第一次訴訟の高裁判決文より
事実及び理由
第2 事案の概要
2 当審における控訴人らの主張
(1) 控訴人らの被害とその背景等
イ 本件加害行為の背景と国家の責任について
控訴人らに対する本件各行為は,末端の「跳ね上がり」兵士達が日本国の意思とは全く無関係に行ったものではなく,控訴人らに被害をもたらしたのは直接的には加害兵士であったが,むしろ国の施策自体が,こうした加害行為を必然的に引き起こしたものであるから,被控訴人は本件各行為についての真の責任がある。(中略)国の軍事作戦として,物資略奪,村落焼き払い,敵性中国人の殺戮等がなされ,この作戦の実施と性暴力加害を行うことが密接に関連した。(中略)本件各行為が引き起こされた要因は,いずれも国が作り出したものであり,本件各行為は,まさにこのような国自身の加害行為によって生じた日本軍部隊により組織的,集団的に行われた犯罪である。(中略)日本軍が占領した地域には例外なく「慰安所」が設置されたが,将兵たちは,軍の管理する「慰安所」に正々堂々と通い,さらに戦場では,本件のような私設の「強姦所」を生み,ほしいままの性暴力を生んだのである。本件各行為によって控訴人らが味わわされた苦痛・被害は,「通常の強姦」などとは全く次元を異にするものであり,その後の人生をも「日本軍に犯された女」として大きく狂わされ,逃げ場のない拷問を60年間も受け続けるに匹敵する甚大な被害をもたらした。この責任は被控訴人にあることが明らかであり,加害行為を犯した個別兵士も実は被害者であったというべきである。
ウ 控訴人らの被害の態様
控訴人らは控訴人周喜香(以下「控訴人馬」という。)を除いて平穏な家庭生活を営んでいるところからいきなり銃剣を突きつけられて連行された。控訴人馬は抗日の仲間と洞穴に隠れていたが捕らえられた。いずれも傀儡中国人が手引きをした。控訴人らは,控訴人李秀梅(以下「控訴人李」という。)と控訴人劉面換(以下「控訴人劉」という。)が満15歳であり,控訴人周や控訴人陳林挑(以下「控訴人陳」という。)は20歳ないし21歳のいずれも少女又は成年に達したばかりの若さであった。控訴人らは,捕らえられたその日の夜から日本兵のなぐさみものにされ,また,控訴人らの解放の形態は,その家族から大金や家畜を巻き上げる強盗の所業であり,被害女性のみならず,その家族に大きな傷を残した。
控訴人らは身体的,精神的に重い後遺障害(PTSD)を負って戦後の半世紀を生きてきたが,被害は心身の傷に止まらず,差別や蔑視にも耐えなければならず,またその子どもたちも差別や疎外され,母親のPTSDによる虐待に耐えなければならなかった。この控訴人らのPTSDは,本件各行為後半世紀以上を経ても,軽快することなく現在も続いている。
この訴訟は高裁で原告側敗訴であり、最高裁でも『
日中共同声明5項によって,裁判上訴求する権能を失った』として原告側敗訴となっているが、被害事実は日本の裁判所によって認定されている。
また、、
中国人「慰安婦」第二次訴訟の高裁判決文でも、『中国山西省孟県に進駐していた旧日本軍の軍服を着用し,武器を装備した兵士らが』『連行し,進圭村の軍の陣地の一角に監禁した上で,強姦や暴行を繰り返した』と、被害事実は認定されている。
・「>しかもころころ変わってきた証言」について、山木さんの証言検証エントリ;
2007年6月13日付「
元「慰安婦」の証言を検証する前に考えるべきこと」
2007年6月16日付「
秦郁彦が金学順さんの証言をでっち上げ(1)」
2007年6月19日付「
秦郁彦が金学順さんの証言をでっち上げ(2)」
2007年6月23日付「
秦郁彦が金学順さんの証言をでっち上げ(3)」
2007年7月24日付「
金学順さんが「キーセンハウス」に売られたというウソ」
および参考として、
「杉本ひとみの瞳」さんの、2008年3月11日付「
慰安婦問題〜事実はどう判断するか。」
・山木さんによる『「事実として売春婦」について反論』に補足、
当時は公娼制度が存在したから売春婦であれば問題ないという路線の主張もしたい様に見受けられるが、当時ですら公娼制度は
娼妓取締規則等によってある程度の制約を科されており、この範疇に入らない私娼は取り締まりの対象だった。この娼妓取締規則「第六条 娼妓名簿削除申請に関しては何人と雖妨害を為すことを得ず」「第七条 娼妓は庁府県令を以て指定したる地域外に住居することを得ず」あたりが遵守されていなかった「従軍慰安婦」が「公娼」だから問題がないとは、通用しない理屈だろう(と、せっかく書いたのに、こっちの方がまとまっていたorz『
娼妓取締規則 - 従軍慰安婦問題を論じる』)。また、1910年の「醜業を行わしむる為の婦女売買禁止に関する国際条約」と、1921年の「婦人及児童の売買禁止に関する国際条約」、日本も批准していた国際条約によって、未成年者(1921年条約では21歳未満が未成年)を国外に売春目的で連れていくこと自体が違法でもあった(永井和先生の「
陸軍慰安所の設置と慰安婦募集に関する警察史料」も参考)。
・その他、「従軍慰安婦」高額報酬説について「
誰かの妄想」さんの、
2007年4月11日付「
従軍慰安婦問題・慰安婦高額報酬説のトリック」
2008年4月25日付「
都市伝説・慰安婦高額報酬説(追記)」
2008年5月12日付「
慰安婦高給・高収入・高額報酬説まとめ」
*国粋は必ずしも愛国の体をなさずさん
(=はてな方面では「名無しさん」と名乗ってらっしゃることも多い)による、東亜+@2ちゃんスレ住人たちの良くある意見に対する回答例、およびhagakurekakugoさんの解説エントリを、コメント欄で教えていただきましたのでご紹介。
『
解決不能』さんの『2007-11-11
ネトウヨの従軍慰安婦問題に関する知識はこんなものです(笑)』
新製品というモノに対するスタンスって人それぞれで、ささっと導入する人と、周りが導入した後に使用情報を集めて検討して導入する人とに大別されるだろうか。私はというと両方有り。人より先に飛びついて周りで流行り出した頃には厭きているパターンもあるけど、流行りはじめている事に気づかず(笑)周りがみんな持ってから導入パターンも良くある。
一方、私物パソコンの持ち方も人それぞれだろうけど、私は一旦導入すると、なかなか乗り換えない。だってデータの移行とか面倒だし。結果として、調子悪くてもそのまま使っていることが多い。そういえば、このブログでも「調子悪い」とぼやているエントリが、
12inch G4 PowerBook編と
MacBook編がそれぞれ一個ずつあるようだ
(PBは、それで買い換えているのだけど…笑)。だから、大抵、一台買うとかなり長期使うのが通例なんだが。。。
さすがに、ハードディスクの回転音がやたら大きくなって
(会議にMacBook連れて行くと周囲の耳目を集める(^^;)、稼働中の発熱が最近すごくて
(熱暴走で落ちるのがしばしば(^^;)、スリープにして持ち歩いているうちに勝手に動いて電池残量がゼロになっていたり
(もちろん、その間のPCがとても温かい(^^;)、システム終了を選択してから5分経っても10分経っても電源が落ちないことがしばしば
(いらついて思わず電源ボタン長押し(^^;)、特にぶつけたわけでもないのにキーボード面の縁が裂けたように欠けていたり
(持ち運び時にぶつけたとしても、こんな所が欠ける筈はという位置(^^;)となってくると、さすがにヤバイかもという気にもなってくる。
修理に出すとしても、これだけの不調をクリアして、ついでにOSを10.5にするとした場合のコストって、、、と検討したくもなるというモノではないだろうか。
…いや、なにも、誰にともなく言い訳しなくても良いような気はするんだけど(^^;
OS10.5も出てからしばらく経っているからそろそろ導入したかったし、上記のような不調のせいで他に理由が無くても買い換える方がいいんじゃないかと思っていたタイミングを狙い澄まして
(<-錯覚です)、Appleが「
みんなを夢中にさせる、新しいMacBook♪」なんてやってくれるから。
あーあ、やっちゃった。
レオ様、参上。
…いや、レパードなのは解っているんだけど(^^;私が(ほぼ)同型のPCを続けて買うのは、実は大変珍しい事態なので、思わず記念撮影。
箱のサイズは同じ。絵だけが違うみたい。
ん?
出番? いや、今回は別に一緒に写ってくれなくてもいいんだけど(^^;
せっかく来たのに… ………使い始めての第一印象。
とにかく液晶モニタが綺麗になった。この点、Appleのダイレクトメールでは言及されてなかったような気がするけど、格段に違う
(もしかして、いままで使っていたのが、機体差で非常にモニタがアレなマシンだったのだろうか)。
このブログなんて、「こんな彩度の高い配色してたっけ?」とブログ主が驚いている始末。
画像で再現できるか疑いつつ、並べて写真を撮ってみたら。

向かって左が旧MacBook。向かって右が新しい方。
旧のモニタを一番明るくしても、新の明るさには及ばないし、旧の方が全体に黄色みがかっている。ならべて調整してみようとしても、うまく同じ色にはできなかった。
プロセッサが2.0GHzから2.4GHzになった訳だが、もはや、このレベルだと体感的なスピードは変わらないだろうと予想していたんだけど、、、違った。何かにつけてきびきび動く。OSの違いがあるのかもしれないにしても、歴然と差を実感できる。
懸案のデータの移し替えに関しても、Appleは商売上手だった(^^;
移行アシストツールのおかげで、データの移行はつないで放っておくだけで非常に楽だったのだ。インストールしていたアプリも全部、その上、不可視のUNIX関係の設定類もどうやら移行しているみたいで、「パスを通し直さないといけない?!やり方忘れちゃった;;」と思っていたのに、とりあえず使ってみたUNIXアプリがなんなく起動している。驚いた。これがあるからPCの買い換えしたくなかった(実は一番の)大問題があっさりクリアされてしまった。
(UNIXでないとできない処理が少しあるから、敷居の高さを意識しつつ使うものの、苦手意識が抜けなくて…)
ほとんど唯一に近い困った点は、サードパーティ製の使用頻度の高いアプリケーションが二つばかり、レオ様だと起動もしなかったこと。他方、ATOK2006が、10.5でも黙々と漢字変換してくれているのだが。ジャストシステムは偉い。
アップグレードの手配はしたが、すませる前に、サードパーティ製のアプリケーションで作った書類を加工する必要に迫られた。そこで、久々に、12inch PBを起動してみた。
しかし。
…遅い、遅すぎる。

そして、モニタが暗い!
…便利になれてしまうと戻れなくなっていくものだと、つくづく思ったのであった。。。
興味のあるキーワードを使って報道系の情報を拾っているのだが、時折、探していたものと方向性の違う情報が拾えることがある。これなんかはその一つ。
一読してずっこけた。
以前、いわゆる「南京大虐殺」に関して調べたことがあった。
「大東亜戦争において、日本軍は南京で一般の中国人を30万人殺した」、「いや、南京の人口は30万人もいないから、ありえない」、「人数の問題ではない」、「一般人といっても、実は兵士が一般人の格好をしていただけだ」等、色んな説があり、いったいどれが本当の史実だったのか知りたいと思ったのだ。
当初、何冊かの本を読み比べれば、何が事実かわかると思って調べ始めたのだが、甘かった。読めば読むほど、ワケがわからなくなった。
「虐殺があった派」、「なかった派」、「中立派」などの派閥があり、それぞれが対立している。ある派閥は、「この事実から考えると、こういう結論になる」という。ところが反対派は、「その事実自体がウソだ」という。しかし、別の派閥は、「その事実がウソだという事自体が信用ならない」という。過去のことなので、伝聞や推測が飛び交い、まるで入り組んだ迷宮のようだ。
とりあえず、「これは事実っぽい、これは推測かも」という風に、心の中で色んなことを「保留」しながら読み進めるが、これがなかなか辛い。(中略)そのうち、それぞれの書き手をどこまで信用すればいいかという話になり、その根拠を求めるには、台湾の博物館で実際の資料を見ないことには……と思いいたって、評者はついにギブアップした。(中略)この先も議論の行く末を見続けて行こう、くらいの気持ちに切り替えたのだ。怠け者のようだが、それが評者にできる最大限の誠意ある態度と自分に言い聞かせた。
引用文は、日経ビジネスオンラインの
2008年3月13日付「議論で負けたくないあなたに贈る〜『打たれ強くなるための読書術』」の書評だ(なお、上記は改行を適宜変更している)。
次のパラグラフで、この評者は述べる。
しかし、この態度は意外とつまらない。新聞や週刊誌、ネットなどで、「虐殺あった派」や「なかった派」が喧々囂々とやっていても、どっちにもつけない。まあ、一種のコウモリだ。
気持ち悪いが、しかしなあ……と思ってるところに、この『打たれ強くなるための読書術』を読み、評者は百の援軍を得た気持ちになった。著者はいう。
「知的に打たれ強い」というのはどういうことだろうか。それはいろいろなことについて知識を豊富に持っていて、議論で常に相手を言い負かすということだろうか。いや、そうではない。それはひと言でいうと、「正解のない世界に耐える」ということであり、ビターチョコレートのように苦み走った大人の態度なのだ〉
よかった。評者は苦み走っていたのだ。
『判断をカッコに入れたまま』情報を追っていた自身の態度を肯定的に捉え直せる記述があったことに、この評者が嬉しそうに言及した後、無登録で閲覧可能な
(*)記事は終わる。だから、結局、南京事件に対する評者氏の判断がどう変わったのかは不明ではある。しかし、読了時間が1時間30分だそうであるし、その他の記述から判断すると、評者氏の南京事件に対する判断を変更したとは思いにくい。たった一冊の本を1時間30分で読み終わって、劇的に判断が変わるのなら、それはそれで怖い気もする。
(3/15 6:30追記 この1ページだけで十分と思っていたものの、コメント欄のご指摘がもっともだったので、登録して最後まで読みました。無登録で読めた(*)文章で予想できた通りに「南京事件に対する判断(保留)を変更」はしていませんでした。) …しかし、これ。
情報を追う態度として当たり前のことが書いてないだろうか。なのに、南京事件に関する本を『心の中で色んなことを「保留」しながら読み進める』のが辛いとあるものだから、目が泳いでしまった。あるいは「判断をカッコに入れたまま本を読み進めるというのは、かなり高度な知的作業」という(ネタ本の)表現を、非常に肯定的かつ好意的に引用しているんだが、それじゃ、推理小説は読めないのでは無かろうか?
わざわざ本を読んで納得すること、なんだろうか。
当然だが、絶対的に寡少な情報で、対立している主張の一方を正しいものと結論してしまうことを肯定的には評価しない。判断に足る情報が少ないことを認識した場合、結論を保留する態度は知的に誠実だと考えるし、私自身だって実践していることだ。
しかし、出している例が、これ、である。
こう考えてきた時にどうしても気になってしまうのは、中立を表明することで、対立する主張のいずれよりも上位にたてると考える人が、ネットには散見できることだ。こういった人達への考察は、『
模型とキャラ弁の日記』さんの『
「中立」というポジションの魅力』で言い尽くされているだろう。
このエントリで取り上げた書評を書いた人物については、上記の引用した文章中には、対立する主張のいずれよりも上位に立つためといった動機で判断を保留しているようには見えない、ようではある。とはいえ、この人物は「根拠を求めるには、台湾の博物館で実際の資料を見ないことには」結論できないと書く。では、この評者は、「台湾の博物館で実際の資料を見ない」で南京事件に関する議論に参加している人物を、どうであると考えているのか(もしくは、この文章を読んだ者が思考をどう誘導されるか)。自身の態度を『「正解のない世界に耐える」大人の態度』、あるいは判断を留保できる冷静さがあるといったように、肯定的に捉えたようだが。
…もちろん、実際に南京事件を巡るネット上のやりとりを見ていれば、この評者の文章は絶句ものである。
そして、例えば『判断をカッコに入れたまま』保留している人物が、判断を下して「肯定派」
(とりあえず、この際、「否定派」には言及しない)として意見を述べる人物に対し、全てを知っているわけではないのに判断を下せるはずはないという批判を述べるとする。この場合、その批判が妥当である為には最低でも、「保留している人物」と「判断している人物」双方の情報収集能力と、集めた情報を分析する能力が同等であるか、「保留」側が優っている事が条件として必要だろう。そして、この評者氏の場合は「台湾の博物館で実際の資料」を見なければ、判断を下せないのだそうだ。
あるいは、一応、研究者の肩書き
(東中野氏あたりを、この件での研究者に数えるのには抵抗があるのだが)をもって議論に関与している人物たちの意見の妥当性を判断するには、それら研究者と同等量の知識をもっている必要はなかろう。ネットで散見する無かった派の意見の妥当性を判断するのにも、歴史学の専門的知識が必要とも思えない。
無意識に「中立」のポジションに魅力を感じているんじゃ無かろうなと考えるのは、うがちすぎだろうか。
そういえば、そもそもが、この記事のタイトルの最初が「議論で負けたくないあなたに贈る〜」である。ネットにおける立ち回り先での議論といえば「南京事件」テーマであることは非常に多いし
(まぁ、そういう行動圏なのだが)、この記事そのものが「南京事件」を例に引いている。
やはり、微妙な気がする。
で、これが「
日経ビジネス」オンラインの記事だったりする訳だ(^^;
*、当初、「購読」と記載していましたが、コメント欄で「購読」「講読」の言葉の誤用についてご指摘があったので検討しました。ここでの使い方だと、ご指摘が妥当だとは思ったのですが、引用もとが「無料会員登録」で読めるといった表現を使っていたり、「会員登録」「雑誌購読」のリンクを並べていたりで、正確な用法として迷ったのでどちらの語も避けた表現に改めています。
手が着かなかったのでアップが今頃。
明日の午前締めではありますが一応、お持ち帰り&転載。
レイバーネットから;
■声明・公開質問状への賛同のお願い■
賛同してくださる個人・団体は、1、氏名・団体名、2、氏名公表の可否を明記して、下記のアドレスまで送ってください。
y-nagaya@m3.kcn.ne.jp
そのときメールの件名を、「広島事件声明・公開質問状に対する賛同」としていただければ、整理しやすいのでありがたいです。
賛同の第一次集約は3月15日午前としますが、それ以降も引き続き賛同を拡大して、不起訴が撤回され再捜査が開始されるまで、広島県警と広島地検に圧力をかけ続けましょう!
アジア女性資料センターから;
「軍事基地と女性」ネットワークが以下の声明と公開質問状への賛同を求めています。
賛同してくださる個人・団体は、1、氏名・団体名、2、氏名公表の可否を明記して、下記のアドレスまで送ってください。
mbwnet@yahoo.co.jp
そのときメールの件名を、「広島事件声明・公開質問状に対する賛同」としていただければ、整理しやすいのでありがたいです。
賛同の第一次集約は3月15日午前としますが、それ以降も引き続き賛同を拡大して、不起訴が撤回され再捜査が開始されるまで、広島県警と広島地検に圧力をかけ続けましょう!
…それぞれ、アドレスが違いますが(^^;
一口乗ろうと思ってくださる方は、適宜ご判断くださいませ。
そして、以下に、「声明」と「公開質問状」、
引用者による強調等付き;
米軍岩国基地所属海兵隊員集団レイプ事件に対する声明
私たちは、昨秋広島市で発生した米軍岩国基地所属海兵隊員集団レイプ事件に関して、去る2月14日米軍岩国基地において軍法会議のための予備審問が開かれたとの新聞報道に接しました。
2 月15日の報道によれば、被害者は予備審問の場で証人尋問を受け、時折涙を流し声を震わせながら「4人に暴行された」と訴えたとのこと。1人と性行為をすることには同意したが「途中で他の3人が車に入ってきて4人に暴行された」、広島県警の調べに当初一人と合意があったことを話さなかったのは「軽率な行為をしたことが恥ずかしかった」からだったと話したとのことです。
このような報道に接した私たちは、集団レイプという米兵の凶悪犯罪が日本の法廷において裁かれないままであることを断じて許容することができません。私たちは、昨秋広島県地方検察庁において決定された不起訴処分の取り消しを要求し、捜査の再開、日本の法廷において加害米兵を裁くことを強く訴えます。
1、海兵隊員による集団レイプ事件発生以降の経過
私たちは昨秋この事件の最初の報道以後、広島県知事による不当に被害者を貶める発言をはじめ、広島県警が米兵に対する強制捜査を行わないこと、広島地検がこの事件を不起訴処分とし