我家の坊っちゃんは猫である。名前は内緒だ。
彼は14年前の雨の降る夜、眼の開いてない状態で道端に落ちていたのを、通行人に拾われたそうだ。拾った人とその仲間が人工補乳で育て、生後五ヶ月程でうちの子になった。以来10数年、複数回の引っ越しも経て、猫同居可賃貸を探すのに苦労しつつ、一緒に暮らしている。
我が家には嬢ちゃんもいる。
彼女は三年前の冬、ボランティアさんから譲り受けた。ノラ猫の子だったのか、あるいは自活出来るようになってから棄てられたのか、発見時点ではたくましく一匹で屋外生活していたらしい。その時の居住場所が猫に暖かくない土地柄なので虐待が危惧されたとかで、箱罠で捕獲の上でしばらくケージで人間界に馴染ませ、里親募集をしたそうだ。お見合い時点では怯えて縮こまった生後五ヶ月の猫で、うちに来てからの家庭内野良猫化が危惧された。しかし、四日で先住猫と人に馴染み、現在では、臍天で寝たり・お兄ちゃんと団子で寝たり・人間と紐で遊んでやったり・人間の食べているプレーンヨーグルトの分け前を要求したり、やりたい放題で過ごしている(やりたい放題を許しているのは誰だ)。
古株の相棒と、チビにゃん。
客観的には、古株の坊ちゃんの方が悲惨な体験を経ているような気がするが、苦労したのは育てた人間であり、本にゃんには苦労した記憶はない。いたって温厚な性格である。
一方のお嬢ちゃんは、苦労して生き抜いた記憶がはっきり残っているため、人間はまだ少し怖いし、何かにつけてはしっこく生活力がある。
さて、私は人家にしばしば出没する黒い虫が大嫌いだ。もちろんこの場合の黒い虫とは、黒い色をした虫一般をさすわけではなく(あまり好きじゃないが)、特定の一昆虫種をさす。いわゆる○キブリとか言われている連中だ(伏せ字なのは字を見るのも気分が悪いという理由による)。現在住んでいる賃貸は築が古く、不幸にして小奴らが年に数回は出現する。これが現れると、とりあえず人間は「こっち来るな、飛ぶな!」と固まる。そして、箱入り坊ちゃんは、固まる人間の横にじっと寄り添って「おお、なんか動いている」と観察しているだけだったりする(…役にたたん奴…)。
そんな日々に参入してきたのが、野生味タップリのお嬢ちゃんなのである。
ある日、黒い虫が現れたもんだから、固まる人間と観察するだけの古株を尻目に、姿勢を低くして駆け寄りインドアハンティングを満喫した。そりゃもう鮮やかな手際で追いつめ、前足で突いてダメージを与え、見事に対象の動きを止めた。そして、動きを止めた対象を見つめながら数秒静止した。
…やばい、このまま座視していると、数秒後に
バーリバーリと、聞きたくもない音がこの部屋にこだまするに違いない。
慌てて、彼女の好きそうなだしじゃこを探し出し、数匹握ってお嬢様を説得した。
彼女は快くだしじゃこと黒い虫の交換に応じてくれた。
もちろん黒い虫は厳重に新聞紙で包み、樹脂製袋に封じ込めて可燃ゴミとなった。
一件落着である。
一件落着で
はある。
だがしかし、一つの問題が危惧される。
今回の事で彼女は、黒い虫をもっていけば大好きなだしじゃこと引き替えてもらえると学習したかもしれない。
朝目が覚めたら(あるいは帰宅した時に)黒い虫を並べて得意そうにだしじゃこを待つお嬢ちゃんが待ちかまえていたらどうしよう。。。見たくない。。。